ウーゴ・マラドーナ
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| ウーゴ・マラドーナ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | ウーゴ・エルナン・マラドーナ | |
| 愛称 | トゥルコ | |
| カタカナ | ウーゴ・マラドーナ | |
| ラテン文字 | Hugo Hernán MARADONA | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1969年5月9日 | |
| 出身地 | ラヌース | |
| 身長 | 165cm | |
| 体重 | 69kg | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | MF | |
| 利き足 | 右足 | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
ウーゴ・マラドーナ(Hugo Hernán Maradona、1969年5月9日-)は、アルゼンチン出身のサッカー選手、サッカー指導者。サッカーの神様といわれるディエゴ・マラドーナの実弟として知られる。
目次 |
[編集] 略歴
兄ディエゴ同様に若い頃から才能に注目され、1985年にアルヘンチノス・ジュニアーズでプロデビュー。アルゼンチンJrユース代表として同年夏にFIFA U-16世界選手権に出場。その後、1987年にイタリアのアスコリに移籍するが伸び悩み、欧州のクラブを転々とする様になった。
1992年に日本のPJMフューチャーズに入団。当時のPJMフューチャーズは将来のJリーグ参入とディエゴ・マラドーナ獲得を掲げ話題となっていたが、ウーゴの移籍は「兄を呼び入れる為の布石だ」とファンやマスコミの間で推測された。結果として兄弟でのプレーはディエゴの薬物問題によって実現する事は無かったが、ウーゴ自身は戦力として充分貢献した。
1995年から1996年には福岡ブルックス、アビスパ福岡、1997年から1998年にはコンサドーレ札幌に所属し、攻撃的MFとして其々のクラブでJリーグ昇格に貢献。ビッグクラブに在籍しなかった事で大きく取り上げられる事は少なかったが「マラドーナの実弟」の看板に遜色ないプレーを披露した。
また、2004年から2005年までユナイテッドサッカーリーグ(USL、2部リーグに相当)所属のプエルトリコ・アイランダースで監督を務めている。
[編集] プレースタイル
FWでもプレーした兄とは違い、特にコンサドーレでは2列目、それも右サイドに開いてのチャンスメークが多かった。
中でもサイドを深くえぐり、相手のマークを受けながらも正確に上げるクロスやフリーキックで、札幌では当時絶対的なエースだったバルデスに数多くのチャンスを供給、「マラドーナのクロス(またはフリーキック、コーナーキック)をバルデスが頭で叩き込んで」という表現が試合ごとに地元紙を賑わせた。
また、右足から繰り出す正確で力強いFKで、数多くの貴重なゴールを挙げた。
[編集] 所属クラブ
- 1985年-1987年 アルヘンチノス・ジュニアーズ(アルゼンチン)
- 1987年-1988年 アスコリ(イタリア)
- 1988年-1989年 ラーヨ・バジェカーノ(スペイン2部)
- 1990年 ラピド・ウィーン(オーストリア)
- 1990年 デポルティボ・イタリア・カラカス(ベネズエラ)
- 1991年 プログレッソ・モンテビデオ(ウルグアイ)
- 1992年-1994年 PJMフューチャーズ(日本)
- 1995年-1996年 福岡ブルックス、アビスパ福岡(日本)
- 1997年-1998年 コンサドーレ札幌(日本)
- 1999年-2000年 アルミランテ・ブラウン(アルゼンチン)
[編集] 指導歴
- 2004年-2005年 プエルトリコ・アイランダース ((プエルトリコ)
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1992 | PJM | 7 | 東海 | 12 | 7 | - | - | 12 | 7 | ||
| 1993 | PJM | 9 | 旧JFL2部 | 16 | 7 | - | 0 | 0 | 16 | 7 | |
| 1994 | PJM | 9 | 旧JFL | 21 | 17 | - | 1 | 0 | 22 | 17 | |
| 1995 | 福岡 | 10 | 旧JFL | 27 | 27 | - | 3 | 0 | 30 | 27 | |
| 1996 | 福岡 | ‐ | J | 21 | 8 | 10 | 4 | 0 | 0 | 31 | 12 |
| 1997 | 札幌 | 10 | 旧JFL | 28 | 10 | 8 | 9 | 1 | 0 | 27 | 19 |
| 1998 | 札幌 | 10 | J | 28 | 5 | 4 | 1 | 0 | 0 | 32 | 6 |
| 通算 | 日本 | J | 49 | 13 | 14 | 5 | 0 | 0 | 63 | 18 | |
| 通算 | 日本 | 旧JFL | 76 | 54 | 8 | 9 | 5 | 0 | 81 | 54 | |
| 通算 | 日本 | 旧JFL2部 | 16 | 7 | - | 0 | 0 | 16 | 7 | ||
| 通算 | 日本 | 東海 | 12 | 7 | - | - | 12 | 7 | |||
| 総通算 | 153 | 81 | 22 | 13 | 5 | 0 | 172 | 86 | |||

