ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団

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楽友協会でのウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団
グラーフェネックでのウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団

ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団Tonkünstler Orchestra)は、ウィーン及びニーダーエースターライヒ州の州都ザンクト・ペルテンを活動拠点とするオーケストラである。2003年以来、クリスチャン・ヤルヴィが首席指揮者を務める。

活動拠点[編集]

ウィーン州とニーダーエースターライヒ州を活動拠点としている。ウィーンでは、ウィーン楽友協会の大ホール(黄金のホール)でコンサートを行っている。また、楽友協会は、グラス・ホールをリハーサル室に提供している。そして、ニーダーエースターライヒ州のオーケストラとして、州都ザンクト・ペルテンの「フェストシュピールハウス」を第2の活動拠点としている。2007年夏から開催予定の「グラフェネッグ国際音楽祭」の音楽祭管弦楽団(レジデント・オーケストラ)として活動する予定である。

歴史[編集]

オーケストラの名称の起源は、ハイドンやモーツァルトの時代にコンサートを企画していたウィーンの音楽家協会(Tonkünstler-Sozietät)である。この名称は、20世紀初頭に設立されたウィーンの音楽家管弦楽団協会(Tonkünstler Orchestra Association)に引き継がれた。第1回目の演奏会は、1907年にウィーン楽友協会で行われ、カール・ゴルトマルクエドヴァルド・グリーグフランツ・リストルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作品が演奏された。1913年にはアルノルト・シェーンベルクの「グレの歌」の初演を行った。日曜日の午後に行われる演奏会は、ウィーンの人々には特に親しまれた。第1次世界大戦中、オーケストラは財政難のため、「ウィーン演奏協会(Wiener Konzertverein)」に合併された。1933年まで、協会はウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団として演奏会を行っていたが、その後第2次世界大戦の終了まで「Wiener NS. Tonkünstler-Orchester」「Gau-Sinfonieorchester Niederdonau」と名称を変更し活動を続けることになる。

1946年、ニーダーエースターライヒ州は、州のオーケストラを設立したが、それまでの経緯から「Landessymphonieorchester Niederösterreich」と名付けた。また、日曜日の午後の演奏会も復活させた。2002年、組織改革が行われ、現在は「Tonkünstler-Orchester Niederösterreich」と呼ばれている。

2013年11月6日(現地時間)、2015-16シーズンより佐渡裕が音楽監督に就任することが発表された。契約期間は3年間。

首席指揮者[編集]

客演指揮者には、クレメンス・クラウスパウル・ヒンデミットヤンソンス父子ズービン・メータクリストフ・フォン・ドホナーニHK. グルーバージェフリー・テイトらがいる。また、共演したソリストには、ファジル・サイアルテュール・グリュミオーレオニード・コーガンヴォルフガング・シュナイダーハンムスティスラフ・ロストロポーヴィチイザベル・ファン・クーレンハインリヒ・シフアルフレート・ブレンデルルドルフ・ブッフビンダーグリゴリー・ソコロフエディタ・グルベローヴァアグネス・バルツァクリスタ・ルートヴィヒらがいる。

レパートリーなど[編集]

ハイドンモーツァルトベートーヴェンらの古典派シューベルトブラームスブルックナーマーラーなどのロマン派の音楽は、重要なレパートリーである。また今日では、20世紀の音楽、現代音楽の演奏もよく知られている。

オーストリアのオーケストラの中では、音楽教育のプログラムを一番早く取り入れた。

演奏旅行[編集]

近時、イギリスバルト三国への演奏旅行を行っている。また、2007年度と2008年度にはドイツスロベニアチェコハンガリーアジアへの演奏旅行が予定されている。

外部リンク[編集]