アメリカ合衆国国務次官補(東アジア・太平洋担当)

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アメリカ合衆国において、国務次官補(東アジア・太平洋担当)(こくむじかんほ(ひがしアジアたいへいようたんとう)、Assistant Secretary of State for East Asian and Pacific Affairs)は、国務省東アジア・太平洋局の長である。担当区域毎に6人いる国務次官補の一人。政治担当国務次官の下に属し、国務長官および担当国務次官に対してアジア太平洋地域の問題に関する助言を行う。アジア太平洋地域に関する政治的問題に対処し、これらの地域の国々と合衆国との間の外交関係および外交政策について責任を負う。

歴史[編集]

1947年、行政部門組織委員会(第一次フーヴァー委員会)は既存の部署のいくつかを局レベルに昇格させるべきとの提言を行った。その後1949年5月26日連邦議会が国務次官補の定員を6人から10人に拡大する決議 (P.L. 81-73; 63 Stat. 111) を行うと、国務省は極東担当国務次官補を創設した。1966年11月1日、国務省は極東担当国務次官補を東アジア・太平洋担当国務次官補に改め、担当地域をアジア太平洋地域に拡大した。

歴代極東担当国務次官補[編集]

# 氏名 任命 在任期間 備考
着任 退任
1 ウィリアム・ウォルトン・バターワース 1949年9月27日 1949年9月29日 1950年7月4日
2 ディーン・ラスク 1949年2月8日 1950年3月28日 1951年12月9日
3 ジョン・ムーア・アリソン 1952年2月1日 1952年2月1日 1953年4月7日
4 ウォルター・ロバートソン 1953年3月27日 1953年4月8日 1959年6月30日
5 ジェイムズ・グラハム・パーソンズ 1959年6月5日 1959年7月1日 1961年3月30日
6 ウォルター・マッコーニイ 1961年4月18日 1961年4月24日 1961年12月3日
7 W・アヴェレル・ハリマン 1961年11月29日 1961年12月4日 1963年4月3日 [1]
8 ロジャー・ヒルズマン 1963年4月25日 1963年5月9日 1964年3月15日
9 ウィリアム・バンディ 1964年3月10日 1964年3月16日 1966年10月30日

歴代東アジア・太平洋担当国務次官補[編集]

# 氏名 任命 在任期間 備考
着任 退任
9 ウィリアム・バンディ 1966年11月1日 1969年5月4日
10 マーシャル・グリーン 1969年5月1日 1969年5月5日 1973年5月10日
マクマートリー・ゴッドリー [2]
11 ロバート・スティーヴン・インガーソル 1973年12月19日 1974年1月8日 1974年7月9日
12 フィリップ・ハビブ 1974年9月19日 1974年9月27日 1976年6月30日
13 アーサー・フンメル 1976年6月16日 1976年7月12日 1977年3月14日
14 リチャード・ホルブルック 1977年3月23日 1977年3月31日 1981年1月13日
15 ポール・ウォルフォウィッツ 1982年12月16日 1982年12月22日 1986年3月12日
16 ガストン・シグール 1986年3月4日 1986年3月12日 1989年2月21日
リチャード・アーミテージ [3]
17 リチャード・ソロモン 1989年6月23日 1989年6月23日 1992年7月10日
18 ウィリアム・クラーク 1992年7月7日 1992年7月10日 1993年4月23日
19 ウィンストン・ロード 1993年4月22日 1993年4月23日 1997年2月18日
20 スタンリー・ロス 1997年8月1日 1997年8月5日 2001年1月20日
21 ジェイムズ・アンドリュー・ケリー 2001年4月30日 2001年5月1日 2005年1月31日
22 クリストファー・ヒル 2005年3月28日 2005年4月8日 2009年4月21日
23 カート・キャンベル 2009年6月2日 2013年2月8日
24 ダニエル・ラッセル 2013年7月12日

備考[編集]

  1. ^ 上院休会中の任命。1962年3月5日に上院の承認を受ける。
  2. ^ 上院の承認前に指名が撤回されたため、着任せず。
  3. ^ 指名撤回

外部リンク[編集]