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2008年9月24日 (水) 03:11時点における版
アトラクター(英: attractor)とは、力学系が十分長い時間を経た後に発展する集合である。すなわち、多少の妨害があってもアトラクターに十分近い点は近いままであり続ける。幾何学的には、アトラクターとしては点、曲線、多様体、またはさらに複雑なフラクタル構造のストレンジアトラクターがある。無秩序な力学系のアトラクターは、カオス理論で説明される。
アトラクターにおける力学系の軌道は、アトラクター上にとどまること以外の特別な条件を満たす必要はない。その軌道は周期的な場合もあるし、カオス的な場合もあるし、他の任意の種類がありうる。
背景
力学系は短時間の振る舞いを記述した微分方程式で説明される。より長期間の振る舞いを説明するには、その方程式を積分する必要があり、コンピュータによる計算が必要になることが多い。
実世界の力学系はエネルギーが散逸する傾向にある。すなわち、何らかの駆動力がなければ、動きは停止する(散逸は、摩擦、熱力学的損失、物質的損失などで生じる)。散逸と駆動力によって初期の過渡現象が相殺され、システムは一定の振る舞いに落ち着く。一定の振る舞いと対応する力学系の位相空間の部分を attracting section または attractee と呼ぶ。
不変集合や極限集合はアトラクターと似た概念である。不変集合 (invariant set) とは、力学系で自身に発展する集合である。アトラクターには不変集合が含まれる。極限集合 (limit set) とは、時間が無限大に漸近したときにある初期状態から出発した点がその集合に近づくような集合である。アトラクターは極限集合だが、全ての極限集合がアトラクターというわけではない。系のいくつかの点が極限集合に収束する可能性はあるが、極限集合から離れていった点はその近傍に戻ってくることはない。
例えば、振り子には2つの不動点がある。最も低い位置にある と最も高い位置にある である。 は極限集合であり、軌道はそこに収束する。一方、 は極限集合ではない。エネルギー散逸があるため、 はアトラクターでもある。散逸がなければ(振り子の振動が減衰しないため)、 はアトラクターにはならない。
数学的定義
ある力学系を表す関数 f(t, •) がある。位相空間の元 s がその系の状態を表すとすると、f(0, s) = s と t>0 のときの f(t, s) により s を始点とした t 時間の状態を表す。例えば、1次元の孤立した点質量の力学系を考えると、その位相空間での位置は (x,v) で表され、 x は質量の位置、v は速度である。この質量が自由落下状態の場合(重力下にない場合)、その力学は f(t,(x,v)) = (x+t*v,v) で表される。
アトラクターは位相空間の部分集合 A であり、以下が成り立つ。
- A は f に対して不動である。すなわち、A の元 s があるとき全ての t について f(t,s) である。
- A の近傍が存在し、B(A) を A の basin of attraction と呼び、B(A) = { s | A の全ての近傍 N について、全ての t について t > T, f(t,s) ∈ N となる T が存在する} である。言い換えれば、B(A) は極限で A になる点の集合である。
- 上記2点が成り立つ A の真部分集合は存在しない。
basin of attraction は A にごく近い近傍であるため(A を含む開集合を含む)、A に「十分近い」状態は A にひきつけられる。技術的にはアトラクターの観念は位相空間のトポロジーに依存するが、通常は ℝn を仮定する。
アトラクターには他の定義もある。例えば、アトラクターは正の測度が必要だとする定義もあるし(1つの点がアトラクターになることを防止する)、B(A) が近傍であるという要求を緩める場合もある。
種類
アトラクターは、力学系の位相空間の一部である。1960年代までの教科書を見てみると、アトラクターは位相空間の幾何学的部分集合(点、直線、曲面、体積)と考えられていた。位相幾何学的集合は既に知られていたが、例外にすぎないと見なされていた。スティーヴン・スメイルは蹄鉄型写像が構造安定であることを示し。そのアトラクターの構造がカントール集合であることを示した。
最も単純なアトラクターとして不動点とリミットサイクルがある。他にもアトラクターとなる様々な幾何学的集合が考えられる。それらの集合(やその上での動き)が説明し難い場合、そのアトラクターを「ストレンジアトラクター」と呼ぶ(後述)。
不動点
系が最終的にそこに落ち着く不動点。例えば小石を落とした場合の最終状態や、振り子の最終状態、グラスの中の水の最終状態などである。
リミットサイクル
リミットサイクルは系の周期的軌道であり、孤立している。例えば振り子時計の振り子、ラジオのチューニング回路、安静時の心拍などがそれに当たる。理想的な振り子は軌道が孤立していないのでリミットサイクルではない。理想的な振り子の位相空間では、周期軌道の任意の点に対して別の周期軌道に属する点が存在する。
リミットトーラス
リミットサイクルの状態を通しての系の周期的軌道には複数の周期が存在する場合もある。それら周期のうち2つが無理数を形成するとき、その軌道はもはや閉じておらず、リミットサイクルはリミットトーラスとなる。 個の不整合周期があるとき、このようなアトラクターを -トーラスと呼ぶ。下図は2-トーラスの例である。
このアトラクターに対応する時系列(不整合周期を持つ周期関数の総和を離散標本化したもの。正弦波である必要はない)は「準周期的 (quasiperiodic)」である。そのような時系列は厳密には周期的ではないが、そのパワースペクトルは鋭い線からのみ成る。
ストレンジアトラクター
非整数次元のアトラクターやカオス理論でしか振る舞いを説明できない力学系のアトラクターをストレンジであると(非形式的に)いう。ストレンジアトラクターとはダヴィッド・ルエールと Floris Takens が考案した造語であり、流体の力学系における一連の分岐の結果として生じるアトラクターを指して言った言葉であった。ストレンジアトラクターは一部の方向に可微分であることが多いが、カントールダストのような可微分でないものもある。
ストレンジアトラクターの例として、エノンアトラクター、Rösslerアトラクター、ローレンツアトラクター、Tamariアトラクターなどがある。
参考文献
- Edward N. Lorenz (1996) The Essence of Chaos ISBN 0-295-97514-8
- James Gleick (1988) Chaos: Making a New Science ISBN 0-140-09250-1
- David Ruelle and Floris Takens (1971年). “On the nature of turbulence”. Communications of Mathematical Physics 20: 167–192. doi:10.1007/BF01646553.
- D. Ruelle (1981年). “Small random perturbations of dynamical systems and the definition of attractors”. Communications of Mathematical Physics 82: 137–151. doi:10.1007/BF01206949.
- John Milnor (1985年). “On the concept of attractor”. Communications of Mathematical Physics 99: 177–195. doi:10.1007/BF01212280.
- J. Milnor (main author) Attractor on scholarpedia.
- David Ruelle (1989). Elements of Differentiable Dynamics and Bifurcation Theory. Academic Press. ISBN 0-12-601710-7
- Ruelle, David (8月 2006年). “What is...a Strange Attractor?” (PDF). Notices of the American Mathematical Society 53 (7): pp.764–765 2008年1月16日閲覧。.
- Ben Tamari (1997). Conservation and Symmetry Laws and Stabilization Programs in Economics. Ecometry ltd. ISBN 965-222-838-9
外部リンク
- ストレンジアトラクターの画像
- ストレンジアトラクターの画像
- ストレンジアトラクターの動画
- Chaoscope 3次元ストレンジアトラクターを描画するフリーウェア
- Attractors 1次元、2次元、3次元のストレンジアトラクターについて
- Strange Attractor Javaアプレットによる生成ソフト
- Online strange attractors generator