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2015年6月8日 (月) 08:49時点における版
松原 秀一(まつばら ひでいち、1930年(昭和5年) - 2014年(平成26年)6月5日[1])は、フランス文学者、慶應義塾大学名誉教授。
来歴・人物
外交官、言語学者の松原秀治の長男としてフランス、グルノーブルに生まれる[2] 1952年(昭和27年)慶應義塾大学経済学部卒業。1954年(昭和29年)同大学院仏文学修士。慶應義塾大学文学部教授、1993年(平成5年)定年退職、名誉教授。フランス国立ポワティエ大学名誉博士。高等実習学院(第四部)客員教授も勤めた[3]。専攻はフランス中世文献学[4]。 1985年(昭和60年)、フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を受章。国際アーサー王学会会員、国際七賢人協会会員、日仏会館常務理事[5]を長く務めた。
なお妹治子は、菅原治子・小山七々子の筆名で童話集や随筆集を出版している。夫人松原文子は、『ちっちゃな淑女たち カミーユとマドレーヌの愛の物語』(セギュール夫人原作、平岡瑤子と共訳、小学館、1970年)を出版している。序文は三島由紀夫が寄稿している(共訳者が三島夫人で友人のため)。
2014年(平成26年)6月5日午後6時37分、老衰のため東京都港区の病院で84歳で死去。
著書
- 『フランス語の文法 理解と応用』第三書房 1968年
- 『ことばの背景 単語から見たフランス文化史』白水社〈ふらんす双書〉 1974年。改題 『フランスことば事典』講談社学術文庫 1996年。ISBN 4-06-159242-4
- 『危ない話 続ことばの背景』白水社〈ふらんす双書〉 1979年
- 『中世の説話 東と西の出会い』東京書籍(東書選書) 1979年。改題 『中世ヨーロッパの説話』中公文庫 1992年。ISBN 4-12-201890-0
- 『西洋の落語 ファブリオーの世界』東京書籍(東書選書) 1988年。中公文庫 1997年。ISBN 4-12-202940-6
- 『異教としてのキリスト教』 平凡社 1990年。平凡社ライブラリー 2001年。ISBN 4-582-76416-9
共著
- 『すなおなフランス語 正・続・3』 ルネ・ラガッシュ、ルイ・ヴァリニー 第三書房 1961-66年
- 『仏作文の考え方』 松原秀治 第三書房 1967年
- 『フランス語らしく書く 仏作文の考え方』 松原秀治、白水社 1995年。ISBN 4-560-00224-X
- 『死の発見 ヨーロッパの古層を訪ねて』 養老孟司、荻野アンナ、岩波書店 1997年。ISBN 4000233165
共編著
翻訳
- 『ラテン文学史』 ピエール・グリマル 藤井昇共訳 白水社文庫クセジュ 1966年。ISBN 4-560-05407-X
- 『フランス語の歴史』 アーバン・ホームズ、アレキサンダー・シュッツ 大修館書店 1974年
- 『判事ロイ・ビーン』 モリス 双葉社 1974年 (ラッキー・ルーク 1)
- 『アステリックスの冒険 1-3』作ルネ・ゴッシニイ、画アルベール・ユデルゾ 監修渡辺一夫・新倉俊一、西本晃二共訳 双葉社 1974年
- 『発明家の仕事』 ファーブル 岩波書店 (ファーブル博物記 6) 2004年 ISBN 4000066900
脚注
- ^ 慶応大名誉教授、フランス中世文学の松原秀一さん死去 有名人の葬儀 2014年6月9日閲覧
- ^ 松原秀一『中世の説話』東京書籍、1979年、著者紹介頁。ISBN 03985990405313{{ISBN2}}のパラメータエラー: 無効なISBNです。。
- ^ 松原秀一「松原秀一教授自筆略年譜・著作一覧(松原秀一教授退任記念論文集)」『藝文研究』63(1993.3)、慶應義塾大学藝文學会、1993年、I-XVI、2014年2月12日閲覧。
- ^ 松原秀一; 養老孟司; 荻野アンナ『死の発見』岩波書店、1997年、奥付頁。ISBN 4000233165。
- ^ 松原秀一『中世の説話』東京書籍、1979年、著者紹介頁。ISBN 03985990405313{{ISBN2}}のパラメータエラー: 無効なISBNです。。