伊万里市立波多津小学校
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伊万里市立波多津小学校 | |
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北緯33度23分06秒 東経129度53分37秒 / 北緯33.38508度 東経129.89356度座標: 北緯33度23分06秒 東経129度53分37秒 / 北緯33.38508度 東経129.89356度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 伊万里市 |
併合学校 |
伊万里市立波多津小学校(旧) 伊万里市立波多津東小学校 |
校訓 | 光る! |
設立年月日 | 2017年(平成29年)4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学校コード | B141220500149 |
所在地 | 〒848-0117 |
佐賀県伊万里市波多津町筒井11番地 (旧・伊万里市立波多津東小学校校地) | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
伊万里市立波多津小学校(いまりしりつはたつしょうがっこう)は佐賀県伊万里市波多津町筒井にある市立の小学校。
概要
[編集]歴史
[編集]2017年(平成29年)に波多津地区にあった以下の2校が統合して開校した。2022年(令和4年)には創立5周年を迎える。
- 伊万里市立波多津小学校(旧)
- 伊万里市立波多津東小学校
現・波多津小学校の校地・校舎は、旧・波多津東小学校のものが使用されている。
校訓
[編集]「光る!」
校章
[編集]波と三岳を図案化したもの(旧・波多津小と旧・波多津東小の校章を組み合わせたもの)にして、中央に校名の「波小」の文字(縦書き)を配している。
通学区域
[編集]住所表記で伊万里市の後に「木場、筒井、井野尾、田代、板木、津留、主屋、中山、畑津、内野、煤屋(すすや)、馬蛤潟(まてがた)、辻、浦」が続く地域[1]。
沿革
[編集]- 旧・波多津小学校
- 1875年(明治8年)9月 - 畑津[2]村に「佐賀県第三六大区八小区 公立三岳[3]小学校」が創立。下等科を設置し、教授を開始。
- 1886年(明治19年)4月 - 小学校令の施行により、尋常科(4年制)を設置の上、「尋常三岳小学校」に改称。
- 大平小学校(波多津東小学校の前身)を統合し、板木分教場・筒井分教場の2分教場を設置[4]。
- 1889年(明治22年)4月 - 町村制施行により、大岳村立の小学校となる。
- 1892年(明治25年)4月 - 「三岳尋常小学校」に改称。板木・筒井分教場が分離の上、大平尋常小学校として独立。
- 1884年(明治27年)- 校区改定により、大平尋常小学校から筒井分教場が移管される。
- 1889年(明治32年)4月 - 「波多津尋常小学校」に改称。
- 1901年(明治34年)
- 1907年(明治40年)- 小学校令改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長される。
- 1915年(大正4年)5月 - 筒井分教場新校舎が完成。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「波多津村第一国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制)の実施により、国民学校初等科が「波多津村立第一小学校」に改組・改称。
- 1950年(昭和25年)4月1日 - 「波多津村立波多津小学校」に改称。校旗を制定。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 町村合併により、伊万里市が市制施行。これにより「伊万里市立波多津小学校」に改称。
- 1956年(昭和31年)
- 4月1日 - 筒井分校が分離の上、大平小学校と統合し、伊万里市立波多津東小学校となる。
- この年 - 新校舎建設第一期工事を実施。
- 1957年(昭和32年)5月 - 講堂が完成。
- 1973年(昭和48年)
- 8月 - プールが完成。
- この年 - 校訓を制定。
- 1975年(昭和50年)12月 - 創立開校100周年記念式典を挙行。
- 1983年(昭和58年)2月 - 体育館が完成。
- 1986年(昭和61年)11月 - 一輪車専用コースが完成。
- 1887年(昭和62年)5月 - 一輪車運動会を開始。
- 2000年(平成12年)4月1日 - 中学校統合により、伊万里市立青嶺中学校校区となる。
- 2017年(平成29年)3月31日 - 統合のため閉校。140年の歴史に幕を下ろす。
- 最終所在地 - 伊万里市波多津町畑津763番地1
- 校訓 - 「精いっぱい」
- 校章 - 波を図案化したものを背景にして中央に「波小」の文字(縦書き)を置いている。
- 校歌 - 作詞は中原勇夫、作曲は岡井隆一による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「波多津小学校」が登場する。
- 旧・波多津東小学校
- 1875年(明治8年)9月 - 「佐賀県第三六大区八小区 公立大平小学校[5]」が創立。下等科(後に初等科)を設置し、教授を開始。
- 八ヶ村(板木・中山・津留・主屋・筒井・井野尾・田代・木場)共同で運営。井野尾に校舎が完成。
- 1883年(明治16年)- 暴風雨のため校舎が破損。板木村の田島神社と筒井村の猿田彦神社を仮教場とする。
- 1885年(明治18年)- 板木・筒井の両村に校舎を建設し、板木校舎を本校、筒井校舎を分教場とする。
- 1886年(明治19年)4月 - 統合により「尋常三岳小学校 板木分教場・筒井分教場」となる。
- 1889年(明治22年)4月 - 町村制施行により、波多津村立の小学校となる。
- 1892年(明治25年)4月 - 三岳尋常小学校より分離し、「大平尋常小学校」として独立。板木校舎を本校とし、筒井校舎を分教場とする。
- 1884年(明治27年)- 校区改定により、筒井分教場を三岳尋常小学校へ移管。
- 1885年(明治28年)4月 - 板木に新校舎が完成し、移転を完了。
- 1901年(明治34年)4月 - 「波多津尋常小学校」に改称。
- それまでの波多津尋常小学校に高等科が併置され、「波多津尋常高等小学校」に改称されたため。
- 1907年(明治40年)- 小学校令改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長される。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「波多津村第二国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制)の実施により、「波多津村立第二小学校」に改組・改称。
- 1950年(昭和25年)4月1日 - 「波多津村立大平小学校」に改称。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 町村合併により、伊万里市が市制施行。これにより「伊万里市立大平小学校」に改称。
- 1955年(昭和30年)- 筒井字上古平に新校地敷地を造成。
- 1956年(昭和31年)
- 3月 - 新校舎が完成。
- 4月1日 - 波多津小学校から筒井地区が移管され、「伊万里市立波多津東小学校」となる(筒井分校が廃止される)。
- 1968年(昭和43年)9月 - 伊万里市立波多津東幼稚園を併設。
- 1973年(昭和48年)8月 - プールが完成。
- 1976年(昭和51年)2月 - 創立開校100周年・統合20周年記念式典を挙行。
- 1989年(平成元年)11月 - 一輪車練習コースが完成。
- 1998年(平成10年)- 新校舎・体育館が完成。旧校舎を解体。
- 2000年(平成12年)4月1日 - 中学校統合により、伊万里市立青嶺中学校校区となる。
- 2017年(平成29年)3月31日 - 統合のため閉校。なお、同時に隣接していた伊万里市立波多津東幼稚園も閉園した。
- 跡地は現・波多津小学校の校地として使用されている。
- 校訓 - 「心豊かにたくましく」
- 校章 - 三岳を象徴する3つの三角形を背景にして、中央に校名の「波東」の文字(縦書き)を置いている。
- 校歌 - 作詞は中原勇夫、作曲は川本久雄による。各番に校名の「波多津東小学」が登場する。
- 統合後 現・波多津小学校
- 2017年(平成29年)4月1日 - 旧・波多津東小学校の校地・校舎を継承し、新しい「伊万里市立波多津小学校」(現校名)が開校。
- 旧波多津小学校区(波多津西部地区)の児童を対象にスクールバスの運行を開始。
主な進学先
[編集]中学校区は伊万里市立青嶺中学校。
アクセス
[編集]最寄りのバス停留所
[編集]- 西肥自動車「井野尾」バス停留所
最寄りの幹線道路
[編集]周辺
[編集]参考資料
[編集]- 「伊万里市史 教育・人物編」(2003年(平成15年)3月31日発行, 伊万里市)p.359 - p.363