ミリアム・オレマンス
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ミリアム・オレマンス | ||||||||||
基本情報 | ||||||||||
国籍 | オランダ | |||||||||
出身地 | 同・北ブラバント州 | |||||||||
生年月日 | 1972年9月9日(52歳) | |||||||||
身長 | 169cm | |||||||||
体重 | 65kg | |||||||||
利き手 | 右 | |||||||||
バックハンド | 片手打ち | |||||||||
ツアー経歴 | ||||||||||
デビュー年 | 1989年 | |||||||||
引退年 | 2002年 | |||||||||
ツアー通算 | 3勝 | |||||||||
シングルス | 0勝 | |||||||||
ダブルス | 3勝 | |||||||||
生涯通算成績 | 481勝451敗 | |||||||||
シングルス | 289勝256敗 | |||||||||
ダブルス | 192勝195敗 | |||||||||
生涯獲得賞金 | $1,648,499 | |||||||||
4大大会最高成績・シングルス | ||||||||||
全豪 | 3回戦(1993・2000) | |||||||||
全仏 | 3回戦(1994・96) | |||||||||
全英 | 4回戦(1993・98) | |||||||||
全米 | 3回戦(1997) | |||||||||
4大大会最高成績・ダブルス | ||||||||||
全豪 | 3回戦(1998・99・2001・02) | |||||||||
全仏 | 2回戦(1992-94・98・2002) | |||||||||
全英 | ベスト4(1997) | |||||||||
全米 | 2回戦(1992-94・96・2002) | |||||||||
4大大会最高成績・混合ダブルス | ||||||||||
全豪 | ベスト8(1999) | |||||||||
全仏 | ベスト8(1997) | |||||||||
全英 | 準優勝(1992) | |||||||||
全米 | 2回戦(1995) | |||||||||
キャリア自己最高ランキング | ||||||||||
シングルス | 25位(1993年7月26日) | |||||||||
ダブルス | 19位(1997年7月7日) | |||||||||
獲得メダル | ||||||||||
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ミリアム・オレマンス(Miriam Oremans, 1972年9月9日 - )は、オランダ・北ブラバント州出身の元女子プロテニス選手。シドニー五輪の女子ダブルスで銀メダルを獲得した選手である。1992年のウィンブルドン混合ダブルス部門で、同じオランダのヤッコ・エルティンとペアを組んだ準優勝もある。キャリアを通じてウィンブルドン選手権を最も得意にした。WTAツアーでシングルスの優勝はなかったが、ダブルスで3勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス25位、ダブルス19位。
来歴
[編集]1989年にプロ入り。1990年の全米オープンで予選3試合を勝ち上がり、本戦デビューを果たす。1992年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのオランダ代表選手となり、現役引退する2003年までフェド杯代表の座を維持した。この年、オレマンスはウィンブルドンの混合ダブルスで活躍した。オランダの先輩選手ヤッコ・エルティンとペアを組んだオレマンスは、決勝でシリル・スーク(チェコ)&ラリサ・ネーランド(ラトビア)組に 6-7, 2-6 で敗れて準優勝になった。ウィンブルドンの女子ダブルスでも、1997年にサビーネ・アペルマンス(ベルギー)と組んで準決勝に進出している。
オレマンスは4大大会のシングルスでも、ウィンブルドンで好成績を出し、1993年と1998年の2度4回戦に進出した。1993年の4回戦では、この大会の準優勝者になったヤナ・ノボトナに 5-7, 6-4, 4-6 のフルセットで惜敗している。1994年は全仏オープン1回戦で、この年限りでのシングルス引退を表明していた37歳のマルチナ・ナブラチロワを破る活躍があった。1998年ウィンブルドンでは、オレマンスは5年ぶり2度目の4回戦でナターシャ・ズベレワに敗れている。ウィンブルドン以外の4大大会では、いずれも3回戦進出が自己最高成績であった。
シドニー五輪が開かれた2000年、オレマンスは年頭の全豪オープンで7年ぶり2度目の3回戦に進出し、第4シードのマリー・ピエルスに敗れた。オリンピックでは、シングルスは2回戦でモニカ・セレシュに敗れたが、クリスティ・ボーグルトとペアを組んだ女子ダブルスで決勝に進出する。2人は準決勝でベラルーシ代表のナターシャ・ズベレワ&オリガ・バラバンシコワ組を破ったが、決勝ではビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹組に 1-6, 1-6 で完敗した。オレマンスとボーグルトはオリンピックのオランダ代表選手として、史上初めてのテニス銀メダルを獲得したことになる。
ミリアム・オレマンスは2002年のシーズンを最後に、女子テニスツアーから引退した。最後の年も、ウィンブルドンではエレニ・ダニリドゥ(ギリシャ)との3回戦まで勝ち進んでいる。2002年全米オープンが、オレマンスの最後のツアー出場になった。シングルスでは1回戦でペトラ・マンデュラ(ハンガリー)に敗れ、一緒に五輪銀メダルを獲得したクリスティ・ボーグルトとのダブルスでは2回戦で敗退した。フェドカップには2003年4月まで出場を続け、オランダのフェド杯代表選手として最長記録となる「12年連続出場」の偉業を残した。
WTAツアー決勝進出結果
[編集]シングルス: 5回 (0勝5敗)
[編集]大会グレード |
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グランドスラム (0–0) |
ティア I (0–0) |
ティア II (0–1) |
ティア III (0–3) |
ティア IV & V (0–1) |
結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
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準優勝 | 1. | 1993年6月19日 | イーストボーン | 芝 | マルチナ・ナブラチロワ | 6-2, 2-6, 3-6 |
準優勝 | 2. | 1997年6月22日 | ロスマーレン | 芝 | ルクサンドラ・ドラゴミル | 7-5, 2-6, 4-6 |
準優勝 | 3. | 1998年6月15日 | ロスマーレン | 芝 | ジュリー・アラール=デキュジス | 3-6, 4-6 |
準優勝 | 4. | 2000年10月29日 | ブラチスラヴァ | ハード (室内) | ダヤ・ベダノワ | 1-6, 7-5, 3-6 |
準優勝 | 5. | 2001年6月11日 | バーミンガム | 芝 | ナタリー・トージア | 3-6, 5-7 |
ダブルス: 12回 (3勝9敗)
[編集]結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
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優勝 | 1. | 1992年2月16日 | リンツ | カーペット (室内) | モニク・キエネ | クラウディア・ポーヴィック ラファエラ・レジ |
6-4, 6-2 |
準優勝 | 1. | 1995年5月28日 | ストラスブール | クレー | サビーネ・アペルマンス | リンゼイ・ダベンポート メアリー・ジョー・フェルナンデス |
2-6, 3-6 |
準優勝 | 2. | 1996年5月25日 | マドリード | クレー | サビーネ・アペルマンス | ヤナ・ノボトナ アランチャ・サンチェス・ビカリオ |
6-7, 2-6 |
準優勝 | 3. | 1996年10月6日 | ライプツィヒ | カーペット (室内) | サビーネ・アペルマンス | クリスティ・ボーグルト ナタリー・トージア |
4-6, 4-6 |
準優勝 | 4. | 1997年3月29日 | マイアミ | ハード | サビーネ・アペルマンス | アランチャ・サンチェス・ビカリオ ナターシャ・ズベレワ |
2-6, 3-6 |
優勝 | 2. | 1998年2月15日 | パリ | カーペット (室内) | サビーネ・アペルマンス | アンナ・クルニコワ ラリサ・ネーランド |
1–6, 6–3, 7–6 |
優勝 | 3. | 1998年6月21日 | ロスマーレン | 芝 | サビーネ・アペルマンス | カタリナ・クリステア エヴァ・メリチャロバ |
6–7, 7–6, 7–6 |
準優勝 | 5. | 2000年9月28日 | シドニー五輪 | ハード | クリスティ・ボーグルト | ビーナス・ウィリアムズ セリーナ・ウィリアムズ |
1–6, 1–6 |
準優勝 | 6. | 2001年2月18日 | ドーハ | ハード | クリスティ・ボーグルト | サンドリーヌ・テスチュ ロベルタ・ビンチ |
5–7, 6–7(4) |
準優勝 | 7. | 2001年5月20日 | アントワープ | クレー | クリスティ・ボーグルト | エルス・カレンズ ビルヒニア・ルアノ・パスクアル |
3–6, 6–3, 4–6 |
準優勝 | 8. | 2001年6月18日 | スヘルトーヘンボス | 芝 | キム・クライシュテルス | ルクサンドラ・ドラゴミル ナディア・ペトロワ |
6-7(5), 7-6(5), 4-6 |
準優勝 | 9. | 2002年1月6日 | ゴールドコースト | ハード | アサ・スベンソン | メガン・ショーネシー ジュスティーヌ・エナン |
1-6, 6-7(6) |
4大大会シングルス成績
[編集]- 略語の説明
W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | Z# | PO | G | S | B | NMS | P | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
大会 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 通算成績 |
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全豪オープン | A | 1R | LQ | 3R | 1R | 2R | 1R | 1R | 2R | 1R | 3R | 2R | 1R | 7–11 |
全仏オープン | A | LQ | LQ | 2R | 3R | 2R | 3R | 1R | 2R | 1R | 2R | 1R | 1R | 8–10 |
ウィンブルドン | A | 1R | 1R | 4R | 1R | 3R | 2R | 1R | 4R | 1R | 3R | 1R | 3R | 13–12 |
全米オープン | 2R | LQ | LQ | 1R | 1R | 1R | 2R | 3R | 1R | 1R | 2R | 2R | 1R | 5–10 |
外部リンク
[編集]- ミリアム・オレマンス - WTAツアーのプロフィール
- ミリアム・オレマンス - ビリー・ジーン・キング・カップのプロフィール
- ミリアム・オレマンス - 国際テニス連盟