ゲジ

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ゲジ目
Thereuopoda clunifera
オオゲジ Thereuopoda clunifera
(国立科学博物館)
地質時代
石炭紀 - 現世
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
亜門 : 多足亜門 Myriapoda
: ムカデ綱(唇脚綱) Chilopoda
亜綱 : 背気門亜綱 Notostigmophora
: ゲジ目 Scutigeromorpha
学名
Scutigeromorpha
Pocock1895
和名
ゲジ(蚰蜒)
英名
house centipede
下位分類群
本文参照

ゲジ(蚰蜒、ゲジ類、House centipede)は、ムカデ綱ゲジ目学名: Scutigeromorpha)に属するムカデの総称、またはそのうちの1Thereuonema tuberculata を指す和名である。本項目は主に前者について扱う。

伝統的にはゲジゲジと呼ばれるが、「ゲジ」が現在の標準和名である。天狗星にちなむ「下食時(げじきどき)」から「ゲジ」となった説や、動きが素早いことから「験者(げんじゃ)」が訛って「ゲジ」となったという語源説がある。

形態

ゲジの口器
I:大顎
II:第1小顎
III:第2小顎
IV:顎肢

複眼と長い脚や背面の大きな気門などにより徘徊生活に特化している。ムカデではあるが、脚と触角は細長く、胴部は比較的短いため、見かけは一般のムカデからは随分異なっている。

成体の胴部は背板がある程度まで融合し、背側は11節に見えるが、腹側の腹板と解剖学的には計18節あり、気門も他のムカデのような胴体の両側で対になるものではなく、11枚の背板のうちに発達した8枚(2枚目から9枚目)の後縁中心に1個ずつ配置される[1]

付属肢

頭部の正面は1対の細長い糸状の触角をもち、下面には3対の顎(大顎・第1小顎・第2小顎)が集約する。他のムカデ類と同様、胴部の第1胴節には毒腺をもつ顎肢が備わる。しかし、他のムカデに比べて顎肢は細長くて6節に分かれており、基胸板も癒合せず、歩脚らしい形質は比較的に明瞭である[2]。歩脚は第2胴節から第16胴節まで備えて計15対を持つ。細長い歩脚は後端に向けて次第に長くなり、先端の節(跗節)が無数の跗小節に細分されてのように湾曲できる。特に最後尾の1対は歩行に用いず、触角のように長く伸びる[3]。後端の第17節には針状の生殖肢をもち、雄は2対で短く、雌は1対で細長く伸びる[1]

ゲジの一種Scutigera coleoptrataの頭部正面、発達した複眼を持つ。

現生の多足類にしても例外的に、ゲジは複眼をもつ。かつて、この複眼は偽複眼 (pseudofacetted eyes) とも呼ばれてきたが、これは節足動物の内部系統において複眼は複数回に獲得された形質で、ゲジの複眼は昆虫類や甲殻類の複眼とは別起源の「偽複眼」であるという仮説に従って名付けられたものである[4]

しかし、その後は上述の見解が否定され、節足動物における複眼の単一起源およびゲジの眼における複眼的形質を支持する研究が、少なからず挙げられた。節足動物の複眼は基本の発育様式が共通しており、特にゲジの複眼は三葉虫カブトガニ類に似通う構造を持ち、甲殻類六脚類に比べては祖先的であると指摘された。これは甲殻類と六脚類の類縁関係(汎甲殻類仮説)を支持する証拠ともされる[5]。したがって、複眼は節足動物の祖先形質であるとされ、多足類の中ではほとんどが単眼へ退化し、ゲジだけがこの特徴を受け継いでいたと思われる。すなわち、ゲジの複眼は他の節足動物と収斂した同形形質ではなく、祖先形質としての真の複眼である[4][5]

生態

樹皮に止まった個体

ゲジは主に昆虫などの小型節足動物捕食する肉食動物である。紫外線に敏感な複眼を有するが、視覚よりは触覚と振動に頼って獲物の行き方を察する[6]。走るのが速く、鞭のような歩脚で獲物の脚を纏うという「投げ縄」 (lassoing) と呼ばれる捕獲方法を持ち、同時に複数の獲物を捕えながらも移動できる[7][8]。他のムカデと同様、顎肢を用いて獲物を麻痺させるが、細長い顎肢は比較的に貧弱で、左右から挟むよりは上から突き刺す動作に適している[9]

イシムカデと同様、育児習性はない[10]。幼生の体節と足の数は少なく、脱皮によって節や足を増やしながら成長する。15対の脚を持つ成体になる以前の幼生段階は6つの齢期に分かれ、それぞれ4・5・7・9・11・13対の脚を持つ[8][11]。2年で成熟し、寿命は5年から6年である。

などの天敵に襲われると、脚を付け根付近から自切する。切れた脚はしばらく動くので、天敵が気を取られている間に本体は逃げる。切れた足は次の脱皮で再生する。

分布

ゲジは全世界に分布している[12]

日本にはゲジ (Thereuonema tuberculata) とオオゲジ (Thereuopoda clunifera) の2の生息が確認されている[12]夜行性で、落ち葉・石の下・土中など虫の多い屋外の物陰に生息するほか、屋内でも侵入生物の多い倉庫内などに住み着くことがある。海外では地中海盆地に原産するScutigera coleoptrata が世界中に広く分布していた。

系統と分類

Latzelia primordialisの化石
Scutigera coleoptrata
Sphendononema guildingii
ゲジ Thereuonema tuberculata
オオゲジ Thereuopoda clunifera
Thereuopoda longicornis

ムカデ綱におけるゲジ目は、古くは発育様式にちなんでイシムカデ目ナガズイシムカデ目と共に改形亜綱Anamorpha、ゲジ亜綱とも)としてまとめられてきた[13]が、発達した複眼、節が融合しない顎肢などの祖先形質分子系統学の分析から、現生ムカデの中でむしろゲジ目は最も早期に分岐したグループで、残りすべてのムカデの姉妹群とされる[14][15][16]。ゲジ目と残りすべてのムカデは、それぞれ背気門亜綱 (Notostigmophora) と側気門亜綱 (Pleurostigmophora) として区別される[17]

下位分類

  • †Latzeliidae
  • Psellioididae
  • Scutigerinidae
  • ゲジ科 Scutigeridae
    • Allothereua
    • Ballonema
    • Brasilophora
    • Diplacrophor
    • Lassophora
    • Madagassophora
    • Microthereua
    • Orthothereua
    • Parascutigera
    • Pilbarascutigera
    • Podothereua
    • Prionopodella
    • Prothereua
    • Pselliodes
    • Pselliophora
    • Pselloides
    • Scutigera
    • Scutigerides
    • Scutigerina
    • Selista
    • Sphendononema
    • Tachythereua
    • Teleotelson
    • Thereuella
    • ゲジ属 Thereuonema
      • ゲジ Thereuonema tuberculata - 成虫の体長がせいぜい3cmの小型の種で、日本に広く分布する。河原の石の下から人家の床下まで広く見られる。体は比較的柔らかく、灰色のまだらがある。
    • オオゲジ属 Thereuopoda
      • オオゲジ Thereuopoda clunifera - 体長7cmにも達する大型の種である。足を広げていると大人の掌には収まり切らない。本州南岸部以南に生息する。体は丈夫で、褐色つやがある。夜の森の中を探索すると、樹皮上を歩く姿が見られる。昼間は物陰に隠れており、沖縄では石灰岩地帯に多数の小さな洞窟や窪みがあるが、そのような所に固まっていることがある。
    • Thereuopodina
    • Thereuopriona

人との関わり

カマドウマを捕食するオオゲジ

ムカデではあるが、オオムカデ類とは異なって攻撃性は低く、積極的に人を刺咬することはない[12]。噛まれたとしてもは弱く人体に影響するほどではないが、傷口から雑菌感染する可能性があるので、消毒するなどの注意は必要である(これはゲジに限った話ではない)。

人間にとって基本的には無害な生物であり、ゴキブリなどの衛生害虫をはじめさまざまな小昆虫を捕食する。害虫を捕食するという点では益虫であるが、その異様な外見や意外なほど速く走り回る姿に嫌悪感を持つ人は多く、餌となる虫や快適な越冬場所などを求めて家屋に侵入することもあるため、不快害虫の扱いを受けることもある[12]。特に山間部などにある温泉宿旅館などでは、宿泊客の就寝中に現れて苦情や駆除の要請につながる場合もあるため、宿によっては部屋の常備品として不快害虫用の殺虫剤スプレーを置くところもある。

屋内への侵入を防ぐには、まず掃除で屋内を清潔にしたうえでゲジの捕食対象となる他の害虫を駆除し、次にコーキング剤などで収納場所の密閉性を上げる。ゲジは床下などの湿った場所を好むが、駆除目的で燻煙剤など使うと、燻されて屋内へ逃げ込んでくるので逆効果となる場合もある。ムカデと同じく乾燥に弱いので、こまめに庭の草むしりや樹木の下刈りをして風通しを良くし、地面や室内を乾燥させることが大切である。また、害虫の通り道となる換気扇や換気口にはネットをかけるなどして家への侵入経路を塞いでしまうことが、より効果的な対策となる[19]

ゲジの名を持つもの

  • ゲジゲジシダ - ヒメシダ科の植物。葉の形がゲジに似ていることから、この名がついた。

脚注

  1. ^ a b Untitled 1”. lanwebs.lander.edu. 2018年9月23日閲覧。
  2. ^ “The evolution of centipede venom claws – Open questions and possible answers” (英語). Arthropod Structure & Development 43 (1): 5–16. (2014-01-01). doi:10.1016/j.asd.2013.10.006. ISSN 1467-8039. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1467803913000893. 
  3. ^ Sombke, Andy; Müller, Carsten H. G.; Kenning, Matthes (2017-11-14). “The ultimate legs of Chilopoda (Myriapoda): a review on their morphological disparity and functional variability” (英語). PeerJ 5: e4023. doi:10.7717/peerj.4023. ISSN 2167-8359. https://peerj.com/articles/4023. 
  4. ^ a b Meyer-Rochow, V. Benno; Richter, Stefan; Rosenberg, Jörg; Müller, Carsten H. G.. “The compound eye of Scutigera coleoptrata (Linnaeus, 1758) (Chilopoda: Notostigmophora): an ultrastructural reinvestigation that adds support to the Mandibulata concept” (英語). Zoomorphology 122 (4): 191–209. ISSN 0720-213X. https://www.academia.edu/20666984/The_compound_eye_of_Scutigera_coleoptrata_Linnaeus_1758_Chilopoda_Notostigmophora_an_ultrastructural_reinvestigation_that_adds_support_to_the_Mandibulata_concept. 
  5. ^ a b “Mechanisms of eye development and evolution of the arthropod visual system: The lateral eyes of myriapoda are not modified insect ommatidia” (英語). Organisms Diversity & Evolution 7 (1): 20–32. (2007-04-12). doi:10.1016/j.ode.2006.02.004. ISSN 1439-6092. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1439609206000584. 
  6. ^ Meyer-Rochow, Victor Benno; Müller, Carsten H. G.; Lindström, Magnus (2006). “Spectral sensitivity of the eye of Scutigera coleoptrata (Linnaeus, 1758) (Chilopoda: Scutigeromorpha: Scutigeridae)” (英語). Applied Entomology and Zoology 41 (1): 117–122. doi:10.1303/aez.2006.117. ISSN 0003-6862. https://doi.org/10.1303/aez.2006.117. 
  7. ^ Lewis, J. G. E. (1981) (英語). The biology of centipedes. Cambridge: Cambridge University Press. doi:10.1017/CBO9780511565649. ISBN 9780511565649. https://www.cambridge.org/core/books/biology-of-centipedes/E34738E2D242536C37DBB00CCA592351 
  8. ^ a b House centipede | Arthropod Museum” (英語). wordpressua.uark.edu. 2018年11月2日閲覧。
  9. ^ (PDF) Evolution, Morphology and Development of the Centipede Venom System” (英語). ResearchGate. 2019年4月17日閲覧。
  10. ^ Edgecombe, Gregory D.; Giribet, Gonzalo (2006-12-12). “Evolutionary Biology of Centipedes (Myriapoda: Chilopoda)”. Annual Review of Entomology 52 (1): 151–170. doi:10.1146/annurev.ento.52.110405.091326. ISSN 0066-4170. https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev.ento.52.110405.091326. 
  11. ^ Elsevier. “Spiders, Scorpions, Centipedes and Mites - 1st Edition” (英語). www.elsevier.com. 2018年11月2日閲覧。
  12. ^ a b c d 気になる害虫の知識 ムカデ・ヤスデ・ゲジ対策 環境機器株式会社、2017年5月14日閲覧。
  13. ^ Edgecombe, G. D.; Giribet, G. (2002). “Myriapod phylogeny and the relationships of Chilopoda”. In Bousquets, J. Llorente; Morrone, J. J.. Biodiversidad, Taxonomía y Biogeografia de Artrópodos de México: Hacia una Síntesis de su Conocimiento, Volumen III. メキシコ国立自治大学 (National Autonomous University of Mexico, Universidad Nacional Autónoma de México). pp. 143–168 
  14. ^ Edgecombe, Gregory D.; Giribet, Gonzalo (2006-12-12). “Evolutionary Biology of Centipedes (Myriapoda: Chilopoda)”. Annual Review of Entomology 52 (1): 151–170. doi:10.1146/annurev.ento.52.110405.091326. ISSN 0066-4170. https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev.ento.52.110405.091326. 
  15. ^ Giribet, Gonzalo; Edgecombe, Gregory D.; Pérez-Porro, Alicia R.; Sharma, Prashant P.; Kaluziak, Stefan; Libro, Silvia; Vahtera, Varpu; Laumer, Christopher E. et al. (2014-06-01). “Evaluating Topological Conflict in Centipede Phylogeny Using Transcriptomic Data Sets” (英語). Molecular Biology and Evolution 31 (6): 1500–1513. doi:10.1093/molbev/msu108. ISSN 0737-4038. https://academic.oup.com/mbe/article/31/6/1500/2925763. 
  16. ^ Giribet, Gonzalo; Edgecombe, Gregory D.; Fernández, Rosa (2016-09-01). “Exploring Phylogenetic Relationships within Myriapoda and the Effects of Matrix Composition and Occupancy on Phylogenomic Reconstruction” (英語). Systematic Biology 65 (5): 871–889. doi:10.1093/sysbio/syw041. ISSN 1063-5157. https://academic.oup.com/sysbio/article/65/5/871/2224021. 
  17. ^ Notostigmophora 背気門亜綱 - Biological Information System for Marine Life”. www.godac.jamstec.go.jp. 2019年4月17日閲覧。
  18. ^ Fossilworks: Latzelia primordialis”. fossilworks.org. 2018年11月2日閲覧。
  19. ^ ゲジゲジに効果的な駆除方法3つと家の中に侵入させない対策7つタスクル | 暮らしのお悩み解決サイト

参考文献

関連項目

外部リンク