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神岡城

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神岡城
岐阜県
神岡城模擬天守
神岡城模擬天守
別名 東町城
城郭構造 平山城
天守構造 なし
独立式望楼型2重3階
1970年昭和45年)木造模擬
築城主 江馬時盛
築城年 永禄7年(1564年
主な改修者 金森長近
主な城主 江馬時盛金森氏
廃城年 慶長20年(1615年
遺構 石垣、堀
指定文化財 市指定史跡「東町城跡」
再建造物 模擬天守
位置 北緯36度19分47.8秒 東経137度18分07.9秒 / 北緯36.329944度 東経137.302194度 / 36.329944; 137.302194
地図
神岡城 (東町城)の位置(岐阜県内)
神岡城 (東町城)
神岡城
(東町城)
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神岡城(かみおかじょう)または東町城(ひがしまちじょう)は、飛騨国吉城郡神岡[1](現・岐阜県飛騨市神岡町城ヶ丘1)に所在した日本の城平山城)。「東町城跡」として飛騨市指定史跡[2]。歴史上の名称は「東町城」で、「神岡城」は通称である[3]

歴史

越中国への侵攻拠点とすることを目的に、永禄7年(1564年)に武田信玄の命令で江馬時盛が築城し、高原諏訪城の支城となった。その後の天正13年(1585年)の金森長近による飛騨攻略の結果、その家臣・山田小十郎が城代となった。元和元年(1615年)に江戸幕府の命令で破却され、地表上の遺構曲輪石垣のみが残った。

1958年(昭和33年)12月1日に飛騨市の史跡となった[2]

1970年(昭和45年)に神岡鉱山を所有する三井金属鉱業神岡鉱業所の創業100周年記念として、模擬天守と模擬城門が建築されている。現在は高原郷土館[4]鉱山資料館などがある。

2018年(平成30年)夏には史跡外地域で発掘調査が行われ、柱穴跡が見つかった[5]

アクセス

JR東海高山本線飛騨古川駅から車で30分

脚注

  1. ^ 「角川日本地名大辞典21 岐阜県」
  2. ^ a b 「飛騨市内の文化財一覧」飛騨市公式HP(飛騨市の文化財)
  3. ^ 「飛騨市の歴史」飛騨市公式HP(飛騨市の文化財)
  4. ^ 「高原郷土館」飛騨市公式HP(飛騨市の文化財)
  5. ^ 「東町城跡の発掘調査現地説明会を開催します」飛騨市公式HP(飛騨市の文化財)

関連項目

外部リンク