高橋熊次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
高橋熊次郎

高橋 熊次郎(たかはし くまじろう、1880年9月24日 - 1957年11月13日[1])は、日本政治家衆議院議員。初代上山市長。

来歴・人物[編集]

福島県信夫郡瀬ノ上村(現・福島市瀬上町)に、醤油醸造業の宍戸家に生まれる[1]。1903年に東京高等商業学校(現一橋大学)を卒業後、セントルイスのブライアント・ストラットン商業大学に学ぶ。1906年に帰国し、高橋家に婿入りする[1]

山形商業銀行、山形自由新聞社各取締役、上山電気社長を務める[2]。1917年に上山町会議員、1919年に山形県会議員に当選[1]。大正13年(1924年)第15回衆議院議員総選挙で衆議院議員に初当選し、以来連続7回当選した。その間、犬養内閣の外務参与官、土木会議議員、農林省経済更生部参与、立憲政友会総務などを歴任[2]。1947年に公職追放となるが、1950年に追放解除となると自由党山形県支部顧問を務めた[1]

1954年10月30日に初代上山市長となるが、在職中の1957年11月13日に死去した[1]

関連項目[編集]

  • 蔵王高速電鉄(自らも電鉄構想を持っていたが、断念。計画の出資者となる。)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 山形県農業協同組合沿革史 第一編 第十編 県養連・屋代農工連・県畜連
  2. ^ a b 新訂 政治家人名事典 明治~昭和