鈴木重康 (庄司)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
鈴木重康
時代 平安時代中期
生誕 寛弘元年(1004年
死没 康平8年1月10日1065年2月17日
別名 鈴木庄司
官位 越中守
氏族 穂積氏藤白鈴木氏
父母 父:鈴木重武、母:眞砂清行の娘
兄弟 重康重孝、重親、女子(田屋権大夫室)
帯刀左衛門尉俊澄の娘
重光
テンプレートを表示

鈴木 重康(すずき しげやす)は、平安時代中期の武将豪族穂積姓藤白鈴木氏の当主で、鈴木重武の子。通称は鈴木庄司官位越中守とされる。

鈴木氏(穂積氏)は紀伊国熊野地方を本拠としていたが、重康の代に同じ紀伊国内の名草郡藤白浦に居を構えて住み、以降は藤白神社社家として続いたと云われる。康平8年(1065年)1月10日に62歳で没した。子に鈴木重光従六位上右衛門少尉)がいた。

参考文献[編集]

  • 穂積姓鈴木氏: 紀州德川二七〇年鈴木家系譜(鈴木淳介、1982)
  • 古代氏族系譜集成/中巻(宝賀寿男

関連項目[編集]