酒井伴四郎

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酒井 伴四郎(さかい ばんしろう 1834年8月25日 (天保5年7月21日 - 没年不明)は、紀州和歌山藩の下級武士。高は30

万延元年(1860年)6月から翌年12月まで、衣紋方の勤務の為江戸勤番となった際に、詳細な日記を記した[1]。日記は「酒井伴四郎日記」とも呼ばれる[1]

現存する日記は、万延元年6月から11月までの半年分[2]であるが、その間、日々の暮らしや出来事を詳細に記録しており、幕末期の江戸の武士の生活や食生活、江戸文化を知る文献となっている。藤本清二郎政治史情報史(情報の伝達や流布のに関する研究)、街道旅行や名所参詣の歴史といった観光史、和装服飾史、下級武家の生活史食生活史などの幅広い分野の研究に資すると評している[3]

なお酒井は、約3年2ヶ月後の元治2年(1865年)2月より、紀州藩主徳川茂承の参勤に従い再び江戸勤務となった。しかし、第二次長州戦争の勃発に伴い、僅か3ヶ月後の5月末に和歌山へ戻り、6月には長州に向けて出発した。長州藩との戦闘にも参加したが、負傷することなく、その後は和歌山に戻って、引き続き衣紋方として勤務した。この間の日記の一部も発見されている。

明治になり、廃藩置県後の酒井については、記録は残されておらず、不明である。

現代における扱い[編集]

出典・脚注[編集]

  1. ^ a b 謎解き!江戸のススメ 「武士の余暇」”. 2016年1月5日閲覧。謎解き!江戸のススメ2012年6月18日放送
  2. ^ 万延2年12月に江戸勤番を終え、和歌山へ戻る前後数日間の日記も発見されている。
  3. ^ a b 清文堂出版:紀州藩士酒井伴四郎関係文書〈小野田一幸・髙久智広編〉”. 2016年1月5日閲覧。
  4. ^ a b 平成23年度 『幕末単身赴任』前原康貴”. 2016年1月5日閲覧。
  5. ^ 主な登場人物(キャスト)”. NHK. 2017年1月9日閲覧。