那古町

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那古町
廃止日 1939年11月3日
廃止理由 新設合併
館山北条町那古町船形町館山市
現在の自治体 館山市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
安房郡
隣接自治体 船形町、八束村滝田村国府村
那古町役場
所在地 千葉県安房郡那古町
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那古町(なごまち)とは、千葉県平郡(のちに安房郡)にかつて存在した町である。現在の館山市の北部に位置している。

1889年(明治22年)の町村制施行に際して凪原村(なぎはらむら)[1]として発足。1893年(明治26年)に町制を施行した際に那古町に改めた。1939年(昭和14年)、3町の合併により館山市が発足し、廃止された[2]:1042

地理[編集]

1926年(大正15年)時点の那古町は、東に国府村、西に船形町八束村、南は北条町、北は山脈を隔てて滝田村および八束村の一部と境を接していた[2]:1042。当時は全町を那古小原正木亀ヶ原高井の5区に分けていた。

歴史[編集]

安房郡域の町村制施行時の町村
(※1897年に平郡・朝夷郡・長狭郡を安房郡に編入)
1.北条町 2.館山町 3.豊津村 4.西岬村 5.富崎村 6.長尾村 7.豊房村 8.神戸村 9.館野村 10.九重村 11.稲都村
平郡】21.凪原村〔のち那古町〕 22.船形村 23.八束村 24.富浦村 25.岩井村 26.勝山村 27.保田村 28.佐久間村 29.平群村 30.滝田村 31.国府村
朝夷郡】41.白浜村 42.七浦村 43.曦村〔のち千倉町〕 44.健田村 45.千歳村 46.豊田村 47.丸村 48.北三原村 49.南三原村 50.和田村 51.江見村
長狭郡】61.太海村 62.大山村 63.吉尾村 64.由基村〔のち主基村〕 65.田原村 66.鴨川町 67.曽呂村 68.西条村 69.東条村 70.天津村 71.湊村〔のち小湊町〕
現在の行政区画
赤:館山市 桃:鴨川市 紫:南房総市 橙:鋸南町

那古寺は、717年(養老元年)に行基が開基したと伝えられ、諸国から巡礼者を集める古刹である[2]:1044。江戸時代には、那古村の西半分は那古寺の寺領であった[2]:1042

1878年(明治11年)、千葉県に郡区町村編制法が施行されると、正木村・亀ヶ原村は1つの連合(連合戸長役場)となり、小原村は福沢村[注釈 1]と連合、那古村は単独で戸長役場を置いた[1]。1884年(明治17年)に戸長役場の管轄変更が行われた際に、小原村は深名村外7か村と連合した[1]

1889年明治22年)、町村制の施行にともない、那古村・正木村・亀ヶ原村・小原村が合併して、凪原村が成立した[1]。新村発足に際しては、那古村が最も著名であるものの、村力が正木村に及ばないとされたことから、旧村名を折衷して「那木原」、さらにこの文字を改めて「凪原」とした[1]

1893年(明治26年)、那古は商店が連なり一市街をなしており、また全国的にも著名な町であるとして、町制を施行した際に那古町と改称した[2]:1042

1918年(大正7年)、木更津線(現在の内房線安房勝山駅 - 那古船形駅間が延伸開業。那古船形駅は、船形町内に置かれた。翌1919年に那古船形駅 - 安房北条駅(現在の館山駅)間が延伸開業し、同時に路線名が北条線に改められた。

行政区画・自治体沿革[編集]

経済[編集]

1888年(明治21年)に記された分合取調文書によれば、那古村は商業と漁業、他の村は農業が主要産業であった[1]

1926年(大正15年)の『安房郡誌』によれば、那古区は古来商業を営んで一市街を形成し、他の地区は農業を営むとある[2]:1043。蔬菜が特産品とされ、甘藷も早生であることが特記されている[2]:1043。また、副業として団扇骨の生産が近年盛んになっているとある[2]:1043

交通[編集]

鉄道[編集]

町名を名乗る那古船形駅が存在するが、所在地は船形町であった。こちらは「なこ」と発音する。

道路[編集]

名所・旧跡[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 福沢村は町村制施行後は八束村の一部となった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 「凪原村」『明治22年千葉県町村分合資料 十七 平郡町村分合取調』、1-7頁。2018年4月4日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 千葉県安房郡教育会 編 『千葉県安房郡誌』 千葉県安房郡教育会、1926年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]