赤松範一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
赤松範一

赤松 範一(あかまつ のりかず[1] / はんいち[2]1870年2月15日(明治3年1月15日[2])- 1945年昭和20年)7月25日[1])は、日本の実業家政治家貴族院議員、男爵民俗学にも造詣が深かった。

経歴[編集]

元幕臣赤松則良の長男として生まれる[2]同人社に学び後実業界、政界において活躍する。

父の隠居に伴い、1917年(大正6年)10月30日、家督を相続し男爵を襲爵する[2]1918年(大正7年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[3]公正会に所属し死去するまで在任した[1][4]

その他、東京製綱(株)専務取締役、台湾繊維、阪川牛乳店(株)社長、東京針金工業、八幡伸鉄各(株)取締役、小島印刷、三宝商事各(株)監査役等歴任。

範一の死後、長男照彦は襲爵手続をしなかった[5]

親族[編集]

その他[編集]

  • 東京市外大井町一本松に居住した。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』61頁。
  2. ^ a b c d 『平成新修旧華族家系大成』上巻、14頁。
  3. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、26頁。
  4. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、53頁。
  5. ^ 『華族:近代日本貴族の虚像と実像』343頁。

参考文献[編集]

日本の爵位
先代
赤松則良
男爵
赤松(則良)家第2代
1917年 - 1945年
次代
襲爵せず