謝肉祭 (シューマン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

謝肉祭』(しゃにくさい、Carnaval )作品9は、ドイツの作曲家ロベルト・シューマン1834年から1835年にかけて作曲した[1]ピアノ曲集。シューマン初期の傑作として知られ[2]、『子供の情景』作品15や『クライスレリアーナ』作品16と並ぶ代表的なピアノ曲である。全部で20曲からなる。

作品[編集]

\relative c {\clef bass \omit Staff.TimeSignature \override Staff.NoteHead.style = #'baroque \cadenzaOn es\breve c b a}


\relative c {\clef bass \omit Staff.TimeSignature \override Staff.NoteHead.style = #'baroque \cadenzaOn as\breve c b}


\relative c {\clef bass \omit Staff.TimeSignature \override Staff.NoteHead.style = #'baroque \cadenzaOn a\breve es' c b}
「スフィンクス」で示される3つの音型。順に"Es-C-H-A"、"As-C-H"、"A-Es-C-H"。

「4つの音符による面白い情景」(Scènes mignonnes sur quatre notes )の副題がある。実らなかった恋の相手エルネスティーネ・フォン・フリッケン (Ernestine von Fricken) の出身地アッシュ)のドイツ語表記「ASCH」を音名で表記した、《 As - C - H 》、《 A - Es - C - H 》(「ラ♭ - ド - シ」 、「ラ - ミ♭ - ド - シ」)の音列に基づいており、「前口上」、「ショパン」を除く全ての曲に、これらの音列のいずれかが使用されている。なお、偶然であるが、シューマンの名前にも"ASCH"の文字が含まれている(SCHumAnn)。のちに『色とりどりの小品』作品99や『アルバムの綴り』作品124に収められた作品には同じ動機を含む作品がみられ、この曲集のために作曲されたものと推測される[1]。これらの音名による「暗号」の謎解きは、演奏されない「スフィンクス」で示される。

各々の曲のタイトルはフランス語に拠っており、シューマンの評論に出てくる架空の団体「ダヴィッド同盟」の構成員(フロレスタンとオイゼビウス)や、実在の音楽家(ショパンパガニーニ)、後に妻となるクララなどが登場する。

クララはこの作品を繰り返し取り上げたが、多くは私的な場での演奏で、「大衆の前で演奏するには向かない」と見なしていた[3]。同じくこの作品を高く評価したフランツ・リストは1840年にシューマンの了解を得て、短縮した形で公開演奏を行った[1]

多彩な響きをはらむことから、複数の管弦楽編曲が行われている[2]1902年アントン・ルビンシテイン記念演奏会のためアレクサンドル・グラズノフたちロシアの作曲家が編曲したバージョンは、バレエ・リュス1910年に取り上げている[4]1914年ヴァーツラフ・ニジンスキーの依頼でモーリス・ラヴェルが行った全曲編曲は、4曲のみが現存している[5]

出版[編集]

複数の出版社との交渉を経て、1837年ブライトコプフ・ウント・ヘルテルパリモーリス・シュレジンガー社から出版された(パリ版は短縮された)[1]ポーランドヴァイオリニスト・作曲家のカロル・リピンスキ英語版(1790年 - 1861年)に献呈された。

演奏時間[編集]

  • 約24分

曲の構成[編集]


この音声や映像がうまく視聴できない場合は、Help:音声・動画の再生をご覧ください。
1.Préambule 前口上
変イ長調 Quasi maestoso. - Piu mosso. - Presto. 3/4
非常に堂々としたEs-F音の主題と不安をあおる中間部からなる。
2.Pierrot ピエロ
変ホ長調 Moderato. 2/4
3のアルルカン、15のパンタロンとコロンビーヌとともに、コンメディア・デッラルテストックキャラクターの一人。
3.Arlequin 道化役者(アルルカン)
変ロ長調 Vivo. 3/4
4.Valse noble 高貴なワルツ
変ロ長調 Un poco maestoso. 3/4
5.Eusebius オイゼビウス
変ホ長調 Adagio. - Piu lento. 2/4
6のフロレスタンとともに、架空の団体「ダヴィッド同盟」の主役の一人。
七連符が特徴的。
6.Florestan フロレスタン
ト短調 Passionato. - Adagio. 3/4
パピヨン』作品2の引用があり、楽譜には"Papillon(?)"と書かれている。
7.Coquette コケット
変ロ長調 Vivo. 3/4拍子
8.Réplique 返事(応答)
ト短調 L'istesso tempo. 3/4
「コケット」の誘惑への返事[6]。終盤には、全曲を通して表に出ることはない「Es-C-H-A」の動機が潜まされている[2]
(Sphinxes スフィンクス)
《 Es - C - H - A 》 《 As - C - H 》 《 A - Es - C - H 》の音を順番に長く伸ばす。
「演奏するには当たらない」と書かれているが、実際に演奏されることも多い。その際にピアニストによって音符の追加が行われることがある(ラフマニノフなど)。
9.Papillons 蝶々
変ロ長調 Prestissimo. 2/4
初期稿では「エコセーズ」と題されていた[6]。この曲までは基本的に「A-Es-C-H」の動機が用いられ、「As-C-H」の動機が中心となる次の曲からは後半に入る[2]
10.A.S.C.H. - S.C.H.A. (Lettres dansantes) 躍る文字
変ホ長調 Presto. 3/4
11.Chiarina キアリーナ
ハ短調 Prestissimo. 3/4
キアリーナとはクララ・ヴィークのイタリア風の呼び名。
12.Chopin ショパン
変イ長調 Agitato. 6/4
夜想曲風の左手伴奏と右手の単旋律からなる。
13.Estrella エストレラ
ヘ短調 Con affetto. - Piu presto. - Tempo I. 3/4
エストレラとはエルネスティーネのことである。
14.Reconnaissance 回り逢い(再会)
変イ長調 Animato. 2/4
15.Pantalon et Colombine パンタロンとコロンビーヌ
ヘ短調 Presto. - Meno Presto. - Tempo I. 2/4
16.Valse allemande ワルツ・アルマンド(ドイツ風ワルツ)
変イ長調 Molto vivace. 3/4
クララの「ロマンティックなワルツ」作品4が引用されている[6][7]
INTERMEZZO (Paganini.) 間奏曲(パガニーニ)
ヘ短調 Presto. - Tempo I., ma piu vivo. 2/4
「ワルツ・アルマンド」の中間部である。跳躍が多く、演奏困難な曲。
17.Aveu 告白
ヘ短調 Prestissimo. 2/4
18.Promenade プロムナード
変ニ長調 Comodo. 3/4
19.Pause 休憩(休息)
変イ長調 Vivo. 3/4
「前口上」の再現が行われ、アタッカで次の曲に入る。
20.Marche des "Davidsbündler" contre les Philistin フィリシテ人と闘う「ダヴィッド同盟」の行進
変イ長調 Non Allegro. 3/4 - 変ホ長調 Molto piu vivo. - Animato. - Vivo. - 変イ長調 - Animato molto. - Vivo. - Piu stretto.
「行進」というタイトルにも関わらず3/4拍子である。「フィリシテ人」とは『旧約聖書』に登場するペリシテ人のことであり、シューマンは音楽上の「俗物」「守旧派」の意味で用いている。これに対し、「ダヴィッド」同盟は、ペリシテ人の巨人ゴリアテを倒した「ダヴィデ王」に因んでいる。のちに低音に現れる「17世紀の旋律」と記されたテーマは「おじいさんの踊り」(Grossvatertanz) と呼ばれる民謡で、慣例に従って宴の終わりを告げるとともに、フィリシテ人を皮肉る[6]。これは『パピヨン』作品2にも登場するテーマである。

出典[編集]

  1. ^ a b c d Herttrich, Ernst (2004). “Preface”. Schumann: Carnaval. G. Henle Verlag. pp. IV-V. https://www.henle.de/media/foreword/0187.pdf 
  2. ^ a b c d 藤本一子 『作曲家・人と作品 シューマン』音楽之友社、2008年、156-157頁。 
  3. ^ Draheim, Joachim (2015). Schumann: Complete Piano Works, Vol. 8 (CD booklet) (PDF). Florian Uhlig. Hänssler. pp. 18–22. HA8050。
  4. ^ リチャード・バックル(鈴木晶 訳)『ディアギレフ: ロシア・バレエ団とその時代 上』リブロポート、1983年。pp. 188-189.
  5. ^ アービー・オレンシュタイン(井上さつき 訳)『ラヴェル: 生涯と作品』音楽之友社、2006年。app. p. 34.
  6. ^ a b c d 西原稔 『シューマン: 全ピアノ作品の研究 上』音楽之友社、2013年、220-234頁。 
  7. ^ ロマンティックなワルツ 作品4 - clara-schumann.net.

外部リンク[編集]