蘆野敬三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

蘆野 敬三郎(あしの けいざぶろう、1866年慶応2年) - 1941年昭和16年)2月17日)は、数学天文学者海軍大学教授、理学士、気象関係従事者。従三位勲二等

経歴[編集]

慶應義塾幼稚舎を経て東京帝国大学理学部卒業。学生のとき1887年明治20年)8月の皆既日食白河にて、アメリカの天文学者トッド博士通訳兼協力者として菊池大麓と共に観測に参加。

1900年(明治33年)文部省が行ったローマ字表記調査委員となり、上田萬年磯田良大西祝神田乃武金子銓太郎小西信八藤岡勝二高楠順次郎湯川寛吉渡部董之介の11名で報告。

日本数学物理学会会員。長く海軍大学教授を務め、退官後、理化学研究所の図書の係を務めた。二男は、外交官蘆野弘

著書[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]