茅ヶ崎館

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茅ヶ崎館(ちがさきかん)は、神奈川県茅ヶ崎市にある日本旅館

概要[編集]

創業は明治32年(1899年)。関東大震災(1923年)で倒壊した建物もあったが再建され、湘南にかつて多く存在した海浜旅館としての様相を良く残している。

九代目市川團十郎が茅ヶ崎に別荘を構えて以来、湘南には文化人が多く移り住んだ。茅ヶ崎館も明治36年頃、ウィリアム・シェイクスピア劇の国内初演の稽古場に使われた。昭和11年(1936年)、松竹が撮影所を大船へ移すと、映画人の定宿として使われた[1]

茅ヶ崎の別荘地・保養地としての歩みを具体的に示す存在であり、湘南の文化史上極めて貴重な建造物であるとして、2009年(平成21年)1月に、茅ヶ崎館の広間棟・中二階棟・長屋棟・浴室棟の4件が、茅ヶ崎市で初めての登録有形文化財(建造物)となった[2]

現在は旅館としての宿泊・飲食サービスのほか、映画上映会やコンサート、展示会などのイベントも行っている。

特に映画監督の小津安二郎が長く逗留し、脚本を書いた「本書き宿」として知られる。小津は1937年(昭和12年)に初めて訪れて以来、廊下の突き当りにあり、庭に面した8畳間「二番」を仕事部屋とした。小津が使ったちゃぶ台火鉢が現在も保存されている。小津はこのほか七輪を持ち込んで自炊し、部屋を訪れた来客に自ら酒の肴を料理してもてなしていた。煮詰まったすき焼きカレー粉を加えた「カレーすき焼き」は最上級のサービスで、その時の痕跡がいまでも天井に油染みとして残っている。

小津は毎年秋に訪れて年末にかけて次回作について構想し、年明けから初夏にかけて脚本を書いていた。茅ヶ崎館滞在中、『父ありき』『長屋紳士録』『風の中の牝雞』『晩春』『宗方姉妹』『麦秋』『お茶漬の味』 『東京物語』『早春』など数々の作品の脚本を仲間の柳井隆雄池田忠雄野田高梧らと共に執筆した。

現在も小津作品の上映会が行われるほか、映画の製作者・ファンの来訪が多い。是枝裕和も常連である[3]

所在地[編集]

神奈川県茅ヶ崎市中海岸3-8-5

茅ヶ崎館で撮影が行われた映画[編集]

  • ハチミツとクローバー - 森田が掛け軸を破り、醤油で絵を描くシーンは、当館の3番の部屋で撮影された。実際の部屋にはガラス張りの掛け軸が飾ってある。
  • 3泊4日、5時の鐘 - 登場人物が集う主な舞台が茅ヶ崎館である。

出典[編集]

  1. ^ 【老舗あり】神奈川県の日本旅館「茅ヶ崎館」小津安二郎の「本書き宿」『産経新聞』日曜版(2018年1月7日)
  2. ^ 登録有形文化財「茅ヶ崎館」茅ヶ崎市ホームページ(2018年1月15日閲覧)
  3. ^ 【老舗あり】神奈川県の日本旅館「茅ヶ崎館」小津安二郎の「本書き宿」『産経新聞』日曜版(2018年1月7日)

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度19分13.93秒 東経139度24分4.22秒 / 北緯35.3205361度 東経139.4011722度 / 35.3205361; 139.4011722