花ノ藤昭三

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花ノ藤 昭三(はなのふじ しょうぞう、1958年11月21日 - )は、熊本県下益城郡富合町(現・熊本市南区)出身の元大相撲力士放駒部屋所属(入門当時は花籠部屋)。最高位は東十両筆頭(1988年11月場所)。本名は成松 昭三(なりまつ しょうぞう)。187cm、107kg。

経歴[編集]

日大を経て、1981年3月場所、元横綱輪島の花籠部屋から幕下付出で初土俵(同期に栃司哲史がいた)。1986年にその輪島の不祥事による廃業に伴い放駒部屋へ移籍。軽量で体力に恵まれなかったことなどから十両昇進までに時間を要し、初土俵から6年以上経った1987年11月場所に新十両の土俵に上がった(ご当所場所でもあった)。初土俵から新十両まで所要40場所という記録は学生相撲出身力士のスロー記録3位であり、幕下付出力士に限れば1位となる[1]。寄り身主体の相撲を取っていた一方で土俵際での逆転や上手投げも得意としていた。その後は番付運にも恵まれず、最高位は1988年11月場所の東十両筆頭だった。その後も新入幕を目指して相撲を取り続けたが、怪我で幕下に落ちた1990年9月場所限りで廃業した。

成績[編集]

  • 十両17場所119勝132敗4休
  • 通算58場所273勝258敗11休

改名[編集]

成松→大雲仙→花ノ富士→花ノ藤[2][3]

珍記録[編集]

  • 1988年5月場所でヌケヌケを記録している。初日から白星と黒星を交互に挙げ、千秋楽で勝ち越しを決めた。

出典 [編集]

  1. ^ 『相撲』2013年11月号53頁
  2. ^ 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709
  3. ^ http://sumodb.sumogames.de/Rikishi.aspx?r=1365&l=j