聖書釈義

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聖書釈義(聖書釈義、英語:exegesis、ギリシア語: ἐξηγεῖσθαι が語源)は、主にプロテスタント福音主義の原則に立って、聖書を基の著者や読者にとっての意味を明らかにする作業のことである。それに対して「解釈(interpretation)」は現代の私たちに対する作業のことである。「講解(exposition)」は中世スコラ学者の間で、一般的な広義の注解という意味である。解釈学(hermeneutics)という術語もある。

原理[編集]

  • 古代に書かれた聖書を釈義する上で、考古学や歴史学が大きな助けになるが、聖書を解釈するのは聖書自身であるという大原則がある。
  • 中世カトリックの寓喩的な解釈に対して、聖書の文法的歴史的解釈を主張する。
  • 神の御計画という、全体の文脈に照らして個々の箇所の意味を解釈する。

歴史[編集]

  • 古代においては、聖書は各自がもって読むものとされていた。しかし、中世カトリックにおいては、教皇のみが聖書を解釈する資格をもっていた。クリュソストモスも各自が聖書をもって読む必要を説いている。[要出典]
  • 宗教改革の時にルターは個人による聖書解釈の復活を主張した。しかし、それと同じくらい教会による聖書解釈の重要性と、各自がそれに傾聴する必要性を主張した。そして、ラテン・ギリシア教父たちの解釈の上に、数々の教会の信仰告白が生み出された。
  • 今日プロテスタント教会における説教は、教会信条という公的聖書解釈に基づいて行われるのが原則である。

参考文献[編集]

  • 榊原康夫「聖書釈義」『新キリスト教辞典』いのちのことば社、1991年