神錦國康

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神錦 國康 Sumo pictogram.svg
Kaminishiki 1955 Scan10008.JPG
神錦 國康(1955年頃)
基礎情報
四股名 眺望山 健次郎 → 山口 健次郎 → 神錦 國康
本名 山口 健二郎
生年月日 1925年8月28日
没年月日 (2005-10-22) 2005年10月22日(80歳没)
出身 青森県東津軽郡奥内村(現在の青森市清水)
身長 180cm
体重 96kg
BMI 29.63
所属部屋 高嶋部屋
得意技 右四つ、外掛け、吊り
成績
現在の番付 引退
最高位 西前頭5枚目
生涯戦歴 303勝311敗41休(51場所)
幕内戦歴 217勝242敗19休(32場所)
データ
初土俵 1941年5月場所
入幕 1949年1月場所
引退 1958年9月場所
備考
2019年7月26日現在

神錦 國康(かみにしき くにやす、本名:山口 健二郎(やまぐち けんじろう)、1925年8月28日-2005年10月22日)は、青森県東津軽郡奥内村(現役当時、現在の同県青森市清水)出身で、高嶋部屋に所属した大相撲力士である。得意手は右四つ、外掛け、吊り。最高位は西前頭5枚目(1953年5月場所)。現役時代の体格は180cm、96kg。

来歴・人物[編集]

15歳の時上京し、同郷の元前頭4枚目・八甲山が率いる高嶋部屋へ入門。1941年5月場所で初土俵を踏んだ。当初の四股名は、「眺望山」。

その後、1948年5月場所で新十両に昇進し、翌年1月場所にて新入幕を果たした。この時の四股名は、本名と同一の「山口」であったが、1950年5月場所より「神錦」に改名。これが功を奏したのか、同年9月場所で再入幕してからは、約7年に亘って幕内の地位を維持した。

長谷川一夫似の美男力士として知られ、同部屋の横綱吉葉山の横綱土俵入りでは、露払いを務めた事もある。なお、吉葉山輝昇とともに、「高嶋美男三羽烏」と呼ばれた事もあった。その美男ゆえ、現役中は独身を貫いたという。

右四つから吊りや外掛けで攻める相撲を得意としたが、右膝や右肘などの怪我により、幕内上位には定着できなかった。自己最高位で迎えた1953年5月場所では2勝13敗と惨敗している。

1957年11月場所を最後に幕内から遠ざかり、東十両22枚目で6勝9敗と負け越した1958年9月場所を以って、33歳で廃業

その後は大阪府堺市にて、相撲料理の店「ちゃんこ 神錦」を営んだ。

2005年10月22日、逝去。80歳没。

主な戦績[編集]

  • 通算成績:303勝311敗41休 勝率.493 
  • 幕内成績:217勝242敗19休 勝率.473
  • 現役在位:50場所
  • 幕内在位:32場所

場所別成績[編集]

神錦 國康
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1941年
(昭和16年)
x x (前相撲) x x x
1942年
(昭和17年)
(前相撲) x 東新序
2–1 
x x x
1943年
(昭和18年)
西序ノ口12枚目
5–3 
x 東序二段50枚目
5–3 
x x x
1944年
(昭和19年)
東序二段13枚目
6–2 
x 西三段目27枚目
3–2 
x x 西三段目7枚目
3–1 
1945年
(昭和20年)
x x 西幕下19枚目

兵役
 
x x 幕下
1–4 
1946年
(昭和21年)
x x x x x 西幕下24枚目
5–2 
1947年
(昭和22年)
x x 東幕下11枚目
2–3 
x x 東幕下14枚目
5–1 
1948年
(昭和23年)
x x 西十両14枚目
8–3 
x 西十両4枚目
8–3 
x
1949年
(昭和24年)
西前頭17枚目
7–6 
x 東前頭14枚目
6–9 
x 東前頭18枚目
7–8 
x
1950年
(昭和25年)
西前頭19枚目
2–9–4[1] 
x 東十両3枚目
9–6 
x 西前頭20枚目
10–5 
x
1951年
(昭和26年)
東前頭14枚目
4–2–9[2] 
x 東前頭15枚目
6–9 
x 西前頭18枚目
9–6 
x
1952年
(昭和27年)
西前頭13枚目
6–9 
x 西前頭17枚目
9–6 
x 東前頭14枚目
8–7 
x
1953年
(昭和28年)
西前頭10枚目
8–7 
東前頭10枚目
10–5 
西前頭5枚目
2–13 
x 西前頭12枚目
6–9 
x
1954年
(昭和29年)
西前頭14枚目
6–9 
西前頭18枚目
7–8 
西前頭18枚目
7–8 
x 東前頭19枚目
9–6 
x
1955年
(昭和30年)
東前頭14枚目
6–9 
東前頭16枚目
6–9 
西前頭18枚目
9–6 
x 西前頭13枚目
4–11 
x
1956年
(昭和31年)
西張出前頭
9–6 
西前頭17枚目
10–5 
西前頭13枚目
9–6 
x 東前頭11枚目
3–12 
x
1957年
(昭和32年)
東前頭17枚目
7–8 
東前頭18枚目
6–9 
東前頭20枚目
7–8 
x 西前頭21枚目
7–8 
西前頭21枚目
5–4–6[3] 
1958年
(昭和33年)
西十両筆頭
休場
0–0–15
東十両11枚目
4–10–1 
西十両20枚目
7–8 
東十両21枚目
7–8 
東十両22枚目
引退
6–9–0
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 眺望山 健次郎(ちょうぼうざん けんじろう、1943年1月場所-1947年6月場所)
  • 山口 健次郎(やまぐち けんじろう、1947年11月場所-1950年1月場所)
  • 神錦 國康(かみにしき くにやす、1950年5月場所-1958年9月場所)

脚注[編集]

  1. ^ 虫垂炎により10日目不戦敗、11日目から途中休場
  2. ^ 右肘関節脱臼・痔により6日目から途中休場
  3. ^ 右膝関節捻挫により9日目から途中休場

関連項目[編集]

参考文献[編集]