石田磊 (商工官僚)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

石田 磊(いしだ らい、明治36年(1903年9月8日 - 昭和62年(1987年[1])は、日本商工官僚実業家。通産省鉱山局長[1]

経歴[編集]

鳥取県米子市明治町出身[2]。石田の長男[3]

大正14年(1925年)、文官高等試験行政科に合格[4]昭和2年(1927年東京商科大学(現一橋大学)卒[2]商工省に入省[4]

昭和15年(1940年)博覧会主任官として渡米、同16年(1941年)より満州国政府招聘、同20年(1945年)商工省復帰、鉱山局長、大阪商工局長を歴任。

昭和24年(1949年)退官、同年平仙レース(株)顧問、大日実業(株)取締役、昭和28年(1953年)カナダ国トロント市国際見本市に参加、欧米各国を歴訪した[2]

人物像[編集]

趣味は囲碁ゴルフ[2]宗教浄土宗[2]鳥取県在籍[3]

家族・親族[編集]

石田家[編集]

鳥取県米子市糀町・米子市明治町[2]東京市世田谷区玉川奥澤[3]
明治41年(1908年)2月生[3] -

親戚[編集]

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。

脚注[編集]

  1. ^ a b 鳥取県郷土人物文献データベース--いしだらい
  2. ^ a b c d e f 『新日本人物大観』(鳥取県版)1958年 イ…310頁。
  3. ^ a b c d e f g h i 『人事興信録. 第13版』(昭和16年)上イ一六四
  4. ^ a b 参考文献『日本官僚制総合事典』251頁。
  5. ^ 実業興信所編『山陰実業興信録』(大正11年、百九十八頁)
  6. ^ a b 『人事興信録. 第11版』(昭和12年)上イ二一二