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2014年5月1日 (木) 12:58時点における版
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名前 | ||||||
愛称 | 山ちゃん、ユッキ、Y氏、山P[1] | |||||
カタカナ | ヤマセ ユキヒロ | |||||
ラテン文字 | YAMASE Yukihiro | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1984年4月22日(40歳) | |||||
出身地 | 北海道札幌市 | |||||
身長 | 176cm | |||||
体重 | 68kg | |||||
選手情報 | ||||||
在籍チーム | FC大阪 | |||||
ポジション | MF | |||||
背番号 | 28 | |||||
利き足 | 左足 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
2003-2009.5 2009.5-2011 2012-2013 2014- |
横浜F・マリノス サガン鳥栖 カターレ富山 FC大阪 |
46 (4) 52 (4) 11 (0) 0 (0) | ||||
1. 国内リーグ戦に限る。2014年3月6日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
山瀬 幸宏(やませ ゆきひろ、1984年4月22日 - )は、北海道札幌市出身のサッカー選手。関西サッカーリーグ1部・FC大阪所属。ポジションはミッドフィールダー。
実兄は同じくサッカー選手の山瀬功治。父はサラエボ冬季五輪にバイアスロンで出場した山瀬功。
来歴
札幌SSS、札幌SSSジュニアユースに所属していた。同期生に矢野哲也がいた。 その後横浜F・マリノスユースを経て、2003年から横浜F・マリノスに入団。2007年はリーグ戦第4節からスタメンに定着。第7節の大分戦では、前半11分に自らの23歳の誕生日を祝うプロ入り初ゴール。さらに後半43分には幸宏のアシストで兄もゴールを決め、Jリーグ史上2組目となる同一試合兄弟アベック弾というおまけがついた。続く第8節の新潟戦、第19節の横浜FC戦でも兄弟アベック弾を達成した。なお、これらの試合ではそれぞれ5, 6, 8得点とチームも大量得点を挙げて勝利している。
2008年シーズンは主に右サイドでの起用されたが、逆足(右足)でのプレーが不得手なため、精彩を欠くプレーが多かった。
2009年シーズン途中よりサガン鳥栖に期限付き移籍。主にフォワードとして起用された。
2011年契約満了により退団[2]。カターレ富山に完全移籍した。
プレースタイル
「ヌルヌルドリブル」と表現される左足でのキープ力が魅力。兄である山瀬功治と同じ強烈なミドルシュートを放つことができる。
人物
- 愛称の「Y氏」はキックオフ!!F・マリノスの番組中に、寮の部屋のレポーター役をしていた尾本敬に「某Y氏」と呼ばれたことに端を発し、司会(当時)の水沼貴史がそう呼ぶようになったのが由来である。また、知人からは「ユッキ君」とも呼ばれている[5]。
- コンサドーレ札幌のユースへの入団を考えていたが、その札幌のトップチームに入団が既に決まっていた兄から横浜のユースを勧められて、進路を決めたという。
- 2005年のACLでは、兄・功治がリーグで使用している背番号10で出場した。これは、ACLでは背番号がレギュレーションで30以下に制限されており(そのため背番号35の河合竜二も20で出場した)、兄が怪我のため選手登録されていなかったためである。
- 整理整頓が出来ず、部屋が汚いことがテレビなどで暴露されている。そのためか、趣味は漫画喫茶に出かける事。「あそこ(漫画喫茶)には全てがある」と、チームメイト(横浜FM所属時)の小宮山尊信を引き込んだこともある。
- Jリーグ初出場となった2005年5月8日のサンフレッチェ広島戦では兄弟揃ってボランチとして出場し、チームは久々の勝利を挙げた。
所属クラブ
- ユース経歴
- 札幌SSSジュニア
- 札幌SSSジュニアユース
- 横浜F・マリノスユース
- プロ経歴
個人成績
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国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2003 | 横浜FM | 32 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
2004 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
2005 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | |||
2006 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 7 | 0 | |||
2007 | 30 | 4 | 8 | 1 | 1 | 0 | 39 | 5 | |||
2008 | 16 | 9 | 0 | 4 | 1 | 0 | 0 | 13 | 1 | ||
2009 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | ||||
鳥栖 | 34 | J2 | 24 | 2 | - | 3 | 2 | 27 | 4 | ||
2010 | 7 | 21 | 2 | - | 2 | 2 | 23 | 4 | |||
2011 | 7 | 0 | - | 1 | 1 | 8 | 1 | ||||
2012 | 富山 | 14 | 8 | 0 | - | 0 | 0 | 8 | 0 | ||
2013 | 3 | 0 | - | 0 | 0 | 3 | 0 | ||||
2014 | FC大阪 | 28 | 関西1部 | - | |||||||
通算 | 日本 | J1 | 46 | 4 | 12 | 2 | 2 | 0 | 60 | 6 | |
日本 | J2 | 63 | 4 | - | 6 | 5 | 69 | 9 | |||
日本 | 関西1部 | - | |||||||||
総通算 | 109 | 8 | 12 | 2 | 8 | 5 | 129 | 15 |
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国際大会個人成績 | ||||
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年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
AFC | ACL | |||
2004 | 横浜FM | 32 | 1 | 0 |
2005 | 10 | 1 | 0 | |
通算 | AFC | 2 | 0 |
経歴
- 2004年2月24日 - プロ初出場(ACL) - ペルシク・ケディリ( インドネシア)戦 (三ツ沢球技場)
- 2007年4月22日 - プロ初得点(Jリーグ) - 大分トリニータ戦 (日産スタジアム)
脚注
- ^ ハーフナー・マイク オフィシャルブログ「Tell’eM」12月10日より
- ^ サガン鳥栖 契約満了選手についてサガン鳥栖オフィシャルサイト ニュース2011年12月2日
- ^ 契約満了選手のお知らせカターレ富山オフィシャルサイト ニュース2013年11月29日
- ^ MF 山瀬幸宏選手 完全移籍加入決定のお知らせFC大阪オフィシャルサイト 2014年3月6日
- ^ 本多玲奈のLEINA'S BLOG - 兄である山瀬功治の夫人の友人のブログ