北海道コンサドーレ札幌

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北海道コンサドーレ札幌
原語表記 北海道コンサドーレ札幌
呼称 北海道コンサドーレ札幌
愛称 コンサ
クラブカラー     レッド[1]
    ブラック[1]
    ブルーグレー[1]
創設年 1935年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J1リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 札幌市を中心とする北海道[1]
ホームスタジアム Sapporodome201108171.JPG
札幌ドーム[1]
収容人数 39,232[1]
運営法人 株式会社コンサドーレ[1]
代表者 野々村芳和[1]
監督 日本の旗 四方田修平
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社コンサドーレ
Consadole Co., Ltd.
Consadole sapporo club house.JPG
株式会社コンサドーレ事務所
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 063-0052
北海道札幌市西区宮の沢2条3丁目4-1
設立 1996年4月16日[2]
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営他
代表者 野々村芳和[1]
資本金 8億7,600万円 (2015年12月期)[3]
売上高 14億2,000万円 (2015年12月期)[3]
営業利益 ▲1億1,600万円 (2015年12月期)[3]
経常利益 ▲3,300万円 (2015年12月期)[3]
純利益 300万円 (2015年12月期)[3]
純資産 1,800万円 (2015年12月期)[3]
総資産 6億9,300万円 (2015年12月期)[3]
従業員数 30名(2014年12月期)[2]
決算期 12月期
主要株主 コンサドーレ札幌サポーターズ持株会 35.56%[2]
石水勲 11.41%[2]
石屋製菓 9.53%[2]
札幌丸井三越 5.94%[2]
特記事項:「北海道の関与団体」として指定。
ゴーイングコンサーン付帯[2]
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北海道コンサドーレ札幌(ほっかいどうコンサドーレさっぽろ、Hokkaido Consadole Sapporo)は、日本札幌市を中心とする北海道ホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

目次

概要[編集]

宮の沢白い恋人サッカー場

1935年創部の東芝堀川町サッカー部が前身[1]1996年に同サッカー部が北海道へ移転すると同時に運営会社として株式会社北海道フットボールクラブを設立。同年Jリーグ準会員に承認。1998年よりJリーグ加盟した[1]2016年より運営会社を「株式会社コンサドーレ」に変更。ホームタウンは「札幌市を中心とする北海道」、ホームスタジアムは札幌ドーム(詳細は#ホームスタジアムを参照)[1]

チーム名の「consadole(コンサドーレ)」は道民を意味する「道産子(読:どさんこ)」の逆さ読みと、ラテン語の響きを持つ「-ole(オーレ)」を組み合わせたもので[1]、一般公募によって決定された。発足当初のクラブ名はコンサドーレ札幌(コンサドーレさっぽろ)で、ホームタウンも札幌市1市だけだったが、創立20周年を迎える2016年シーズンからチーム名を「北海道コンサドーレ札幌」に変更し、ホームタウンエリアも拡大された[4]

エンブレムは、北海道に生息する日本最大のフクロウ『シマフクロウ』を象徴的に図案化。頂点に羽ばたく翼を持つシマフクロウの盾型の中に、11個の星(結束したイレブン)、勝利を見据えるシマフクロウの眼光(闘志)、ブリザードを表す白ストライプ(攻撃性)を配し、それらが、ホームタウンを意味するリボンの円弧に根ざすデザイン。シマフクロウがモチーフとなり、1997年にマスコットの「ドーレくん」が誕生した[1]

練習場はオフィシャルスポンサーの石屋製菓が所有する「宮の沢白い恋人サッカー場」と、札幌ドームの敷地内にある天然芝の「屋外サッカー練習場」[1]。クラブ事務所はかつては札幌ドーム内にあったが、2014年1月29日に宮の沢白い恋人サッカー場内のコレクションハウスを改修して事務所を移転した。

コンサドールズは、日本サッカークラブ史上初のクラブ専属オフィシャルダンスドリルチームである。1997年5月15日、札幌厚別公園競技場でデビュー。試合開始50分前、選手紹介、選手入場前、ハーフタイム、ゴール後、ゲーム終了後(勝利試合のみ)にパフォーマンスを行う。ミスダンスドリルチーム日本大会で優勝の経験もある。サテライト、ユースなどの下部組織を持ち、若手の育成にも力を入れている。

2016年より「コンサドーレ パートナー・アーティスト」が設けられ、第1号は札幌市出身の歌手・大黒摩季が選出された。

フロント[編集]

代表取締役会長
  • 今井春雄(1996年4月16日 - 1998年1月15日)
  • 坂野上明(1998年2月16日 - 2003年1月15日)
  • 石水勲(2005年3月11日 - 2005年5月12日)
代表取締役社長
  • 斉藤達(1996年4月16日 - 1997年2月9日)
  • 金井英明(1997年2月10日 - 1998年2月9日)
  • 田中良明(1998年2月10日 - 2003年1月15日)
  • 佐々木利幸(2003年1月16日 - 2005年3月10日)
  • 児玉芳明(2005年3月11日 - 2008年7月10日)
  • 矢萩竹美(2008年7月11日 - 2013年3月21日)
  • 野々村芳和(2013年3月22日 - )
ゼネラルマネージャー
  • 村野晋(2008年2月 - 2008年12月)
  • 三上大勝(2013年1月 - )


歴史[編集]

前身[編集]

1996年 - 1997年(旧JFL)[編集]

1996年[編集]

「北海道からJリーグチームを」を合い言葉に、ジャパンフットボールリーグ(旧JFL)へ参加。東芝時代から監督を務めていた高橋武夫が初代監督を務めた。V川崎からJリーグでの実績を持つブラジル人選手のFWアルシンドDFペレイラを獲得。元ウルグアイ代表経験のあるMFオテーロを獲得した他、第74回全国高等学校サッカー選手権大会の得点王となった初芝橋本高校のFW吉原宏太が入団した。Jリーグから移籍してきたプロ選手とFW川合孝治を含む東芝サッカー部から出向してきた社員選手が混在する41人体制のチーム編成となった。

第1節福島FC戦でFW吉原宏太がクラブ第一号となるゴールを決めた。同年に獲得したFWアルシンドが第2節富士通川崎戦で審判への暴言で4試合の出場停止処分となり、更に第9節大塚製薬戦で一発退場を受けると、2日後に自らの申し出によって退団することになった。7月30日チェコの一部リーグからFWヨゼフ、MFルボシュを獲得し入団。これにより外国人が6人となり外国人枠が5枠しか無かった為、ペルー国籍を持つMF吉成大がペルーへ研修生として半年間派遣されることになった。その後、DFペレイラが第20節本田技研戦で負傷退場し、守備の要が欠く形となり、チームは流れに乗れず第23節鳥栖戦と第24節東京ガス戦に連敗してしまいJリーグ昇格ができる2位以内が絶望となった。残り6試合をチームが意地を見せ5勝1敗と健闘した。初年度は20勝10敗の5位(全16チーム)の成績でJリーグ昇格できず終わった。

シーズン終了後、東芝社員選手の契約更新については、チームに残留する意思を示した社員選手は東芝を退社してプロ契約を結んだ。また、チーム得点王の8点をマークしたFW川合孝治が戦力外通告を受け、1987年から1996年まで東芝サッカー部から務めていた高橋武夫監督が今シーズンを持って退任した。

1997年[編集]

ウルグアイ代表経験を持つウーゴ・フェルナンデスが監督に就任した。1996年まで所属していた選手の多くが退団し、新たに鳥栖から前身の東芝に在籍していたこともあるパナマ代表のFWバルデスが復帰、福岡から世界的に有名なディエゴ・マラドーナの実弟であるMFウーゴ・マラドーナ名古屋からGKハーフナー・ディド大塚FCからDF古川毅ら数名を獲得。

「チームはファミリー」を合言葉に快進撃を続け、第7節川崎戦では後半44分1-3から怒涛の攻撃を見せ4-3の延長Vゴールで勝利したり、バルデスとマラドーナのホットラインなどの活躍もあり、26勝4敗(全16チーム)でホーム無敗の成績でJFL優勝、Jリーグ昇格を果たし、バルデスは40得点で得点王となった。またナビスコカップ予選リーグでV川崎、G大阪横浜MのJリーグ勢を抑え、2勝3分1敗で1位通過し決勝トーナメントに進出を決めるなどの成績も残した。11月にJリーグ臨時理事会でJリーグ正会員として正式承認された。

1998年(Jリーグ)[編集]

戦いの場をJリーグに移した1998年、C大阪からFW深川友貴とDF梶野智、G大阪からDF木山隆之らJリーグ経験者を数名獲得、本田技研からMF村主博正とMFバウテルらを獲得し、Jリーグで戦える戦力を補強した。

しかし、1stステージ開幕戦の清水戦ではいきなり1-4と大敗。第4節のG大阪戦でJリーグ加盟後初勝利をあげたが、第7節以降は毎試合2点以上失点し、磐田戦ではFW中山雅史が4試合連続となるハットトリックを献上。1stステージ4勝13敗の16位に低迷。2ndステージは10月中旬の第11節の時点で5勝6敗と持ち直したが、フロントとの意見の不一致からフェルナンデス監督が解任された。後任に石井肇コーチが監督に就き第12節から指揮を執った。10月のシーズン中の補強でからMF棚田伸横浜FからDF埜下荘司、東京ガスからFW関浩二を獲得。2ndステージの残りの試合は3勝3敗となり、2ndステージ8勝9敗の10位で、年間順位は12勝22敗の14位(全18チーム)となった。

しかし、1999年からJリーグが2部制に移行するため、Jリーグ下位4チームとJFL優勝チームによるJ1参入決定戦に参加した。コンサドーレが勝利すればJ1参入が決まるという状況で神戸と福岡にホームとアウェイともに敗れ4連敗を喫して、Jリーグ史上初のJ2リーグへの降格チームとなった[注 1]

1999年 - 2000年(J2)[編集]

1999年[編集]

「1年でのJ1復帰」を目指して1998年FIFAワールドカップ(フランス大会)日本代表監督として指揮を執っていた岡田武史を監督に招聘。また、平塚からDF名塚善寛鹿島からGK佐藤洋平ロナウジーニョの実兄MFアシス、FWリカルジーニョ、クレーベルらを獲得。藤枝東からFW河村優と北海道札幌市出身のMF佐賀一平磐田東からGK藤ヶ谷陽介らが入団。

「1年でのJ1復帰」を目標として掲げていたが、第8節時点で3勝5敗と波に乗れずにいた。外国人の活躍が乏しくリカルジーニョとクレーベルの契約を解除し、代わりにMFビジュ、FWジネイを獲得し第15節から出場した。第24節の時点で12勝6分6敗という成績だったが、第25節以降は負けが込み昇格争いに絡むことなく17勝6分13敗の5位(全10チーム)に終わった。

しかし、明るい兆しがあった。FW吉原宏太が第9節にハットトリックを記録し、チーム得点王となる15得点を取った。U-22オリンピック代表に選出、シドニーオリンピック代表の予備登録メンバーになった。更にはFW中山雅史が負傷離脱したためコパ・アメリカ(南米選手権)に追加招集された。

2000年[編集]

吉原宏太がG大阪へ移籍した一方、市原から 野々村芳和、G大阪から播戸竜二京都から大森健作FC東京からアウミール、V川崎から高木琢也、ブラジルのサンパウロFCからエメルソンらを獲得。北海高等学校山瀬功治が入団した。

J2を戦うための戦術を確立して、それを実行することができる選手を各ポジションに揃え、14連勝を含む17試合無敗(16勝1分)[注 2][5] を含む31勝5分4敗でJ2優勝(全11チーム)し、J1昇格が決まった。また、エメルソンが31得点でJ2得点王を獲得、山瀬およびGK藤ヶ谷陽介がU-19日本代表に選出された。

しかし、少ない予算でJ1昇格を狙うためにクラブが採った策は、主力選手を期限付き移籍で集めてメンバーを固定して戦うというものだった。その結果、エメルソンを含む8人がレンタル選手というチーム編成であった。

2001年 - 2002年(J1)[編集]

2001年[編集]

創立5周年を迎えた2001年シーズン。レンタルで獲得した選手、特にエメルソンを完全移籍で残留させるためにサポーターから増資を募り、3億円近くの資金を集めた。増資の最大の目的であったエメルソンは退団したが、大分のFWウィルをレンタルで獲得した。

開幕戦でC大阪、第2節で柏に連勝。一時は2位に付け、10勝5分15敗の11位(全16チーム)でJ1残留を果たした。ウィルが24得点で得点王を獲得した他、山瀬功治がJ1最優秀新人選手賞を受賞。この年も新人の今野泰幸が高卒1年目でレギュラーを獲得した。シーズン終了後に岡田が監督を退任した。同年完成した札幌ドームの集客効果も加わり、平均観客動員数は2万人を突破した。

2002年[編集]

監督に元日本代表の柱谷哲二が就任。ウィルが横浜FMへ、播戸竜二が神戸へ移籍。また、名塚善寛、野々村芳和が引退した。ウィルに替わるストライカーとして、ロシアサッカー・プレミアリーグFCスパルタク・モスクワからブラジル人FWロブソン、東京Vから小倉隆史、G大阪から小島宏美らを獲得した。しかし、ロシアリーグ得点王(後にこの経歴は虚偽と判明)、UEFAチャンピオンズリーグ出場という肩書きをひっさげて鳴り物入りで加入したロブソンが全く振るわず、チームは開幕から黒星を重ねた。結局ロブソンは同年加入したDFマクサンドロと共に5月末に退団。6月に柱谷は監督を解任された。

後任の監督として リーガ・エスパニョーラレアル・オビエド」のチームコーディネータを務めていたイバンチェビッチ・ラドミロを招聘し、また同じくユーゴスラビア(現セルビア)人FWバーヤック、ブラジル人MFジャディウソンの2人の外国人選手をはじめ、日本人選手も次々と獲得して立て直しを図ったが、成績は上向かずにイバンチェビッチは9月に辞任した。後任に張外龍が就任したが、2ndステージ第11節の鹿島戦に敗れて、2度目のJ2降格が決定。シーズン通算で5勝1分24敗の最下位(全16チーム)に終わった。

2003年 - 2007年(J2)[編集]

2003年[編集]

チームスローガン:We Shall Return

1年でのJ1復帰を掲げ、監督に鹿島や名古屋で監督を務めたジョアン・カルロスを招聘。また横浜FMを退団したウィルが復帰し、MFホベルッチ、MFベットという2人の元ブラジル代表選手を獲得した。一方、ジョアン・カルロスと確執のあった小倉が退団した他、山瀬功治が浦和へ移籍した。

シーズンに入り、ベットがホームシックで退団、ケガで療養中のウィルが深夜の繁華街で傷害事件を起こしそのまま退団、ホベルッチもジョアン・カルロスとの確執で退団と、外国人選手全員がシーズン半ばで退団した。その後MFビタウ、元大分のFWアンドラジーニャ、元名古屋のMFウリダを獲得したが、第26節の新潟戦で大敗を喫しジョアン・カルロスが辞任。後任は再び張外龍となったが、昇格争いに絡めないまま13勝13分18敗の9位(全12チーム)でシーズンを終えた。

2004年[編集]

チームスローガン:全力蹴球

人件費等の経費圧縮により経営の黒字化を図り、若手主体のチーム編成とユースチームの強化を軸とする長期育成計画の「5段階計画」を立て、レンタル移籍や外国籍選手に頼らずにJ1で安定して戦えるチーム作りを目指す方針を制定。中心選手だった今野泰幸や高年俸のベテラン・外国籍選手が退団した一方、ユースから鈴木智樹蛯沢匠吾、高卒で上田常幸上里一将桑原剛、斉川雄介、大卒で河端和哉鎌田安啓など新人選手8人、テスト生から入団した静岡FC清野智秋を獲得した。また、磐田元監督の柳下正明が監督に就任した。

開幕から第4節まで負けなしだったが、三原廣樹が怪我で戦線離脱したことや新居辰基中尾康二の不祥事による契約解除(解雇)といった事態が起こったため、シーズン途中で横浜FMから金子勇樹、神戸から西嶋弘之を獲得、特別指定選手としてチームに加わっていた権東勇介と正式契約したが、勝利を度外視して若手育成にあてたメンバー構成のチームでなかなか勝ち点を重ねることが出来ず、5勝15分24敗でJ1経験チーム初のJ2最下位(全12チーム 当時は下位リーグとの降格制度はなかった)に終わった。天皇杯はJ1の市原、大分を破りベスト8に進出した。

2005年[編集]

チームスローガン:真っ攻勝負!

柳下体制2年目。GK藤ヶ谷陽介がG大阪へ移籍した一方、広島から林卓人中山元気、鹿島から池内友彦、磐田から高原寿康加賀健一を獲得し、大卒の徐暁飛、ユースの石井謙伍野田達郎が入団した。

前年と同じく5位以内を目標に掲げてシーズンに臨んだが、堀井岳也、上里一将、西澤淳二らが負傷により長期離脱を余儀なくされたことによりチーム力が低下したものの、シーズン中盤に浦和から西谷正也水戸からデルリスを獲得。西谷は攻撃力の向上に大きく寄与した一方、得点力が期待されたデルリスはチーム戦術に合わず、満足な成績を挙げることができないまま2006年限りで退団した。チームは17勝12分15敗の6位(全12チーム)でシーズンを終え、当初目標としていた5位以内には入らなかったものの、第4クール後半までJ1昇格戦線に食い込む活躍を見せた。特に、DFの要として期待された池内はチームトップの11得点と2桁得点を挙げ、守備だけではなく攻撃でもチームに貢献した。

シーズン中にクラブ取締役が女子中学生買春容疑で逮捕されるという不祥事があった。3月、札幌市西区に選手寮「しまふく寮」が開設[2]

2006年[編集]

チームスローガン:

創立10周年を迎えた2006年シーズン。柳下体制3年目。川崎からフッキ千葉から芳賀博信山形から大塚真司川崎健太郎、水戸から関隆倫アルビレックス新潟シンガポールから野本安啓、名古屋からセバスティアンを獲得し、ユースから藤田征也西大伍が昇格した。

リーグ戦序盤はフッキの出場停止や大塚ら主力の怪我も影響し、10試合連続未勝利など成績は低迷した。中盤戦以降は状況は改善していったが、20勝12分16敗の6位(全13チーム)で終了した。しかし、第41節湘南戦、第42節徳島戦ではクラブ史上初の2試合連続6得点を挙げるなど、歯車が噛み合った試合では爆発的な攻撃力を発揮した。「走って繋いで撃ちまくれ それが札幌スタイル」という横断幕も登場し、3年間継続した攻撃的サッカーが根付いたシーズンとなった。天皇杯ではJ1の千葉、新潟、甲府を破り初のベスト4に進出。シーズン終了後に柳下が退任。

2007年[編集]

チームスローガン:Power to 1

大宮監督の三浦俊也が監督に就任。フッキが東京Vへ移籍、加賀健一が所属元に復帰したが、2006年に途中加入したGK佐藤優也を甲府から完全移籍で獲得。さらにC大阪からDFブルーノ・クアドロスECヴィトーリアからFWダヴィ・MFカウエ、大宮からGK高木貴弘、高卒ルーキーの岡本賢明岩沼俊介を獲得した。

堅守速攻を武器にリーグ序盤に7連勝を果たすなど順調に勝ち点を積み上げ、シーズン途中から首位に浮上。一時は2位に勝ち点差10以上をつける独走状態だったが、シーズン当初から連携強化の為に出場選手を固定してきたことによる主力選手の疲労の蓄積や、台風接近による試合順延で不運な日程を余儀なくされるなど、第3クールとなる8月後半頃から急激に失速、他チームに勝ち点差を詰められ熾烈な昇格争いに巻き込まれた。

この苦しい終盤戦に3年目の石井謙伍、2年目の西大伍、新人の岡本などの若い選手や横浜FCから途中移籍した鄭容臺が起用に応えて活躍し、第45節から48節まで4連勝を飾って首位を死守。最終節の水戸戦に勝利してJ1復帰を果たした。また、東京VがC大阪と引き分けたことでJ2優勝(27勝10分11敗)も決めた。

2008年(J1)[編集]

チームスローガン:Progress

三浦体制2年目。広島から吉弘充志を完全移籍で、神戸の坪内秀介、清水の平岡康裕、新潟のMFディビッドソン純マーカスをレンタル移籍で獲得、新人は室蘭大谷高校宮澤裕樹と柏U-18の堀田秀平が入団した。一方でブルーノ・クアドロスが退団。新加入した元柏のMFアルセウはキャンプ中に退団したが(その前日の親善試合で監督が指示した守備的なプレーに反発し、相手チームの選手に対する暴力行為で退場したことが発端)、新たにアトレチコPRから元名古屋のMFクライトンを獲得した。

リーグ戦は、中断期間突入時点で降格圏内の17位。FWアンデルソンや川崎から箕輪義信を獲得したが、10月19日の第29節柏戦に敗れて1年でのJ2降格、10月26日の川崎戦に敗れ、最下位が確定。12月6日の最終節で鹿島に敗れて目の前で優勝を決められた。年間順位は4勝6分24敗の最下位(全18チーム)となった。三浦は来シーズンも続投を要請されていたが、降格の責任としてシーズン終了後に辞任した。

2009年 - 2011年(J2)[編集]

2009年[編集]

チームスローガン:

大分や柏の元監督の石崎信弘が監督に就任。ダヴィが名古屋へ移籍、西澤淳二・池内友彦・西谷正也・アンデルソンなど10人以上の選手(レンタル選手も含む)が退団した。一方でチームの大黒柱でもあり、退団が噂されていたMFクライトンが残留、前シーズン途中に期限付きで加入した箕輪義信を完全移籍で獲得した。またダヴィの移籍に伴い、移籍先の名古屋から3億円近くの高額な移籍金が入った為、更なる補強を断行した。具体的には、スウェーデンユールゴーデンIFからFWキリノコロンビアインデペンディエンテ・メデジンからMFダニルソン、アジア枠で韓国浦項からDF趙晟桓(チョウ・ソンファン)と3人の新外国人選手を獲得。また、日本人では大宮からGK荒谷弘樹を獲得した。新人は沖縄大学から上原慎也が入団、曵地裕哉古田寛幸がユースから昇格した。7月、MFクライトンが以前から抱えていた怪我が悪化。残りのシーズンに出場出来ないと判断され退団、代わりにハファエルが加入した。さらに、シーズン途中には柏の石川直樹をレンタル移籍で獲得した。

若手中心の布陣のため連勝・連敗の浮き沈みが激しかった。勝ち切れない試合も多く(J2最多の16引分)、年間順位21勝16分14敗の6位(全18チーム)で終了した。

2010年[編集]

チームスローガン:「MOVE」 -より速く、より正確に、よりタフに-

石崎体制2年目。西大伍が新潟へ、ダニルソンが名古屋へレンタル移籍、曽田雄志が現役を引退した一方、6チームとの競合を制して磐田から中山雅史を獲得。FC東京から藤山竜仁近藤祐介愛媛から内村圭宏、広島から李漢宰を獲得した。シーズン途中に清水の高木純平をレンタル移籍で獲得した。

開幕に躓き、5・6月は無敗も5分と勝ち点を伸ばせず、7月以降は怪我人が出るなど1年を通して昇格争いに加わることもなく、年間順位11勝13分12敗の13位(全19チーム)で終了した。終盤は怪我による離脱者が多く、ベンチ入り可能な18人のメンバーを埋められない試合もあった。

2011年[編集]

チームスローガン:Challenge for Smile

創立15周年を迎えた2011年シーズン。石崎体制3年目。6年半在籍した西嶋弘之が徳島へ、ユース時代から在籍していた藤田征也とキャプテンを務めた石川直樹が新潟へ、佐藤優也が北九州へ、吉弘充志が愛媛へ、堀田秀平が新潟シンガポールへ、李漢宰が岐阜へ、新潟にレンタル移籍していた西大伍が鹿島へ完全移籍した。また、藤山竜仁が引退、箕輪義信が退団するなどし、多くの選手がチームを去った。一方、新潟から高木貴弘、C大阪から山下達也鳥栖から日高拓磨、横浜FMから河合竜二を獲得、レンタル移籍だった高木純平は完全移籍となり、三上陽輔がユースから昇格し、室蘭大谷高校の櫛引一紀が入団した。外国人ではチアゴ(元京都)、ユニバーシアード韓国代表イ・ホスン、ブラジルのクラブからブルーノ、元徳島のアンドレジーニョを獲得した。なお、また、砂川誠は2010年シーズン後に退団したが、2011年シーズン前に再契約した。また、キャンプに練習生として参加していた西村卓朗と契約を締結した。

シーズン中に、アンドレジーニョがAリーグパース・グローリーFCへ移籍、チアゴが退団するも、浦項スティーラースから岡山一成、ブラジルのクラブからジオゴレモスが加入した。

J2開幕戦の愛媛戦に敗れ、東日本大震災の影響による1ヶ月半の中断期間を挟んだ後のホーム開幕戦となる湘南戦にも敗れるなど第11節(4試合目)時点で18位と低迷したが、7月から9月まで10勝3分2敗の成績で9月21日に3位へ浮上。徳島と勝ち点で並んだ第38節、札幌ドームに歴代2位となる観客数39,243人を記録したFC東京戦に勝利。21勝5分12敗の3位(全20チーム)となり、4年ぶりにJ1復帰を果たした。


2012年(J1)[編集]

チームスローガン:「We Go On」 -ただ、ひたすらに-

石崎体制4年目。山下達也がC大阪に、2年間レンタル移籍していたダニルソンが名古屋に、ブルーノがグアラニFCに、ジオゴが徳島にそれぞれ完全移籍、レモスは契約満了により退団、西村卓朗が引退、上里一将が徳島にレンタル移籍した。一方で、鹿島から杉山哲、広島から髙柳一誠、大分から前田俊介、清水から山本真希、新潟から大島秀夫、FC東京からオーストラリア代表ジェイド・ノースを完全移籍で、ジュニーニョをレンタル移籍で獲得。前年に大邱FCにレンタル移籍していたキリノが復帰。さらにユースからシーズン終盤に活躍した奈良竜樹をはじめ、荒野拓馬小山内貴哉前貴之榊翔太がトップへ昇格した。なお、湘南から完全移籍の松尾直人FC大阪へ移籍した。

なお、室蘭市入江運動公園陸上競技場函館市千代台公園陸上競技場Jリーグクラブライセンス制度のスタジアム基準を満たさなかったため、初めて全ホームゲームを札幌で開催した[6]

リーグ戦は第2節から7連敗。第9節のC大阪戦で初勝利を挙げたが、第10節から9連敗を喫した。7月、全北現代モータースより金載桓(キム ジェファン)をレンタル(それに伴い李昊乗の選手登録を抹消[7])、ナウチコからハモンフォス・ド・イグアスFCからテレを完全移籍で獲得。一方でキリノが湘南へ完全移籍、横野純貴が金沢へレンタル移籍し、ジュニーニョと契約解除した。その後も成績は伸びないどころか逆に敗退を重ね、これで負けてしまえば自力での挽回が不可能という状態となった9月29日の第27節の川崎戦でも惨敗。これによってJ2降格が完全に決定(9月中の降格決定はJリーグ史上初、7試合を残しての降格決定は史上最速)。年間順位は4勝2分28敗の勝点14で最下位(全18チーム)。連勝は無く、アウェー13連敗、年間28敗、総失点88、得失点差-63はJ1ワースト記録。勝点14はJ1がリーグ戦18チーム年間34試合制となって以降最低の記録である[注 3]。シーズン終了後、石崎は監督を退任した。

2013年 - 2016年(J2)[編集]

2013年[編集]

チームスローガン:北海道とともに、世界へ

監督に札幌のユース及びトップチームコーチを務めた室蘭市出身の財前恵一が就任。財前はチーム初のOB、北海道出身者の監督となった。また、3月に札幌OBの野々村芳和が北海道フットボールクラブの代表取締役社長に就任。強化費が前年の推定5億円から推定2億5000万程度に減額されるのを受けて本来なら契約延長を行いたい主力級の選手にも契約満了後他チームへの移籍を容認せざるを得ない状況に追い込まれた。中山雅史、元主将の芳賀博信が引退、高原寿康及び高木純平(共に清水へ移籍)、岡山一成(奈良クラブへ移籍)、高木貴弘(岐阜へ移籍)、山本真希(川崎へ移籍)、高柳一誠(神戸へ移籍)、大島秀夫(北九州へ移籍)が契約満了に伴い退団、金載桓がレンタル終了で全北現代へ復帰、ハモンがブラジルクラブに、ジェイド・ノースがブリスベン・ロアーFCに、近藤祐介が栃木SCに、岩沼俊介松本山雅に完全移籍した。

一方、讃岐から趙成眞(チョ ソンジン)を完全移籍で、ブラジルのクラブからパウロンをレンタル移籍、2年間FC東京・徳島にレンタル移籍していた上里一将、金沢にレンタル移籍していた横野純貴が復帰、また、東洋大学で札幌ユースU-18出身の松本怜大が入団、前年度にJユースカップで全カテゴリを通じて初の全国優勝を達成したユースから中原彰吾永坂勇人堀米悠斗神田夢実阿波加俊太深井一希の6人がトップへ昇格した。3月にタイコーンケンFCとクラブ間提携パートナーシップを結び、シーズン中に中原、永坂がコーンケンFCへレンタル移籍した。シーズン中にはテレが規律違反で退団(その後町田へ移籍)したが、来シーズンから加入が内定している阪南大学工藤光輝特別指定選手で登録。7月、練習生として参加していたフェホベトナム代表レ・コン・ビンをレンタル移籍で獲得(それに伴い李昊乗の選手登録を抹消。契約は継続。)

開幕戦で2006年以来の勝利を収めたが、第2節から3連敗し第4節終了時点で21位まで落ちる。その後は大きな連敗はないものの大きな連勝もないという一進一退の展開が続き、第2節から第24節までは2桁順位が続く。第25節で開幕戦以来の1桁順位となる9位に浮上した後は、第29節で11位、第36、38節で10位になった以外1桁順位を維持し、第39節からシーズン初の3連勝を達成したことにより、最終節に勝利すれば得失点差と他の対戦カードの関係で自力でのプレーオフ進出が決まるところまで迫ったが、最終節の北九州戦で引き分けたためプレーオフ出場は成らなかった。なお、最終成績は20勝4分18敗の8位(全22チーム)。天皇杯は4回戦で甲府に敗北した。

2014年[編集]

チームスローガン:北海道とともに、世界へ

財前体制2年目。曵地裕哉(愛媛へ移籍)、三上陽輔(富山へ移籍)が退団、岡本賢明が熊本へ、フェホが中国北京八喜足球倶楽部へ、趙成眞が韓国水原三星へ完全移籍、横野純貴がタイのコーンケンFCへ、堀米悠斗が福島へ、神田夢実と阿波加俊太が相模原へレンタル移籍、レ・コン・ビンがレンタル移籍期間満了に伴い退団した。

一方、愛媛から5年ぶりに復帰になる石井謙伍、長崎から金山隼樹、栃木から菊岡拓朗、川崎から薗田淳、神戸から都倉賢、韓国の慶南FCから丁成勳(チョン ソンフン)オランダ2部アルメレ・シティFCからステファノを完全移籍で、ブラジルのクラブからヘナンをレンタル移籍で獲得、中原彰吾、永坂勇人がレンタル移籍から復帰、昨シーズン特別指定選手で登録していた工藤光輝、北海道教育大学上原拓郎が加入、ユースから前寛之内山裕貴がトップへ昇格した。

シーズン中には、1月に仮契約していた小野伸二オーストラリアウェスタン・シドニー・ワンダラーズFCから完全移籍で加入、李昊乗の負傷離脱に伴い相模原へレンタル移籍していた阿波加俊太が育成型レンタル移籍契約を解除し復帰した。また、前貴之が富山、古田寛幸が讃岐へレンタル移籍した。

開幕戦で前年J2降格の磐田にアウェーで勝利するも下位に低迷。第24節から第28節までの間5戦連続で勝利がなく、8月28日に成績不振を理由に財前監督を解任し、新監督にかつて愛媛で監督をしていたイヴィッツァ・バルバリッチが就任した。なお来日の関係で指揮を振るうのが第31節の岐阜戦からのため、第29・30節はコーチの名塚善寛が監督代行として指揮することになった[注 4]。 監督交代後4勝2敗5分の成績を残したが、最終的には15勝14分13敗の10位(全22チーム)の成績に終わった。天皇杯は2回戦で清水に敗北した。また、女子サッカーチームとして「北海道リラ・コンサドーレ」を創設し、宗像訓子が初代監督に就任した。

2015年[編集]

チームスローガン:北海道とともに、世界へ

バルバリッチ体制2年目。日高拓磨(富山へ移籍)、前年タイリーグにレンタル移籍していた横野純貴(福島へ移籍)、松本怜大(町田へ移籍)、上原拓郎(熊本へ移籍)、丁成勳、ステファノ(インドネシア・スーパーリーグのペルシジャ・ジャカルタへ移籍)が契約満了、ヘナンがレンタル移籍期間満了に伴い退団した。またイ・ホスンが湘南へ完全移籍、奈良竜樹がFC東京へ、工藤光輝が相模原(7月からは盛岡)、内山裕貴がシンガポールSリーグホウガン・ユナイテッドFCへレンタル移籍した。シーズン中には、小山内貴哉が長野、砂川誠が岐阜へレンタル移籍した。

一方、川崎から元日本代表の稲本潤一、岐阜から前年J2得点4位のナザリト、甲府からインドネシア代表イルファン、C大阪から韓国U-21代表のク・ソンユン(具聖潤)を完全移籍で、川崎から福森晃斗、ブラジルのアヴァイFCから前年東京Vに所属していたニウドをレンタル移籍で獲得、古田寛幸・前寛之・前貴之・堀米悠斗・神田夢実がレンタル移籍から復帰、ユースから進藤亮佑がトップへ昇格した。

開幕戦で勝利し、5月には都倉が6得点でJ2月間MVPを獲得する活躍などがありチームも好調。前半21試合でアウェー戦負けなしのプレーオフ圏内の6位で折り返した。ところが後半戦にに入ると3連敗するなど第19節から7試合勝利がなく、7月24日にバルバリッチ監督を解任してU-18監督の四方田修平が就任したが、新監督就任直後から4試合連続無得点、前監督時代から含めて12戦連続勝利なしなどチームは勝ちきれず、最終的には14勝15分13敗の10位(全22チーム)でシーズンを終えた。天皇杯は3回戦で鳥栖に敗北した。

2016年[編集]

チームスローガン:北海道とともに、世界へ

創立20周年を迎えた2016年シーズン。チームは今シーズンより運営会社名を株式会社北海道フットボールクラブから株式会社コンサドーレへ、チーム名はコンサドーレ札幌から北海道コンサドーレ札幌へ(但し公式記録などの略称については従前に同じ)、ホームタウンを札幌市から札幌市を中心とする北海道へ変更[8]。 また、リージョナルマーケティング及びF-Powerと共同事業契約を結び、「株式会社エゾデン」を設立。小売電気事業者として電気事業に参入した[9]。また、博報堂DYメディアパートナーズと7年にわたってクラブビジネス戦略パートナー契約を締結した[10]

四方田体制2年目。前年に岐阜へレンタル移籍していた砂川誠が引退、古田寛幸(金沢へ移籍)、前田俊介(鳥取へ移籍)、薗田淳(熊本へ移籍)、菊岡拓朗(相模原へ移籍)、ナザリトが契約満了、二ウドがレンタル移籍期間満了に伴い退団した。また、FC東京にレンタル移籍していた奈良竜樹が川崎へ完全移籍、長野にレンタル移籍していた小山内貴哉とパウロンが福島へレンタル移籍した。

一方、神戸から増川隆洋、ブラジルのECバイーアからヘイスマセードオペラリオ・フェロヴィアリオECからジュリーニョを完全移籍で獲得。さらに、阿波加俊太と内山裕貴がレンタル移籍先から復帰した。またシーズン途中には鳥栖から菊地直哉が期限付き移籍で加入した。

開幕5戦で3勝1分1敗といいスタートを切ると、5月3日の第11節で首位に立った[11]。試合では先制した後に無失点に抑える1-0での勝利(ウノゼロ勝利が11試合)、5年ぶりの函館開催となった第21節横浜FC戦や第25節岐阜戦のような5点を取っての勝利など、攻守がかみ合い好調をキープし、ホームでは開幕から18試合無敗(16勝2分)で昨年から続いていた無敗記録がJ2タイ記録の23試合まで伸ばした。しかし、終盤に差し掛かり第37節東京Vにホームで敗戦し、ホーム無敗のJ2新記録を逃してからの4試合を1勝3敗で昇格へ足踏みが続いた。サポーター3000人以上がアウェーに駆け付けた第41節千葉戦で劇的な逆転勝利。引き分け以上でJ1昇格とJ2優勝が決まる最終節のホーム金沢戦で引き分けて、25勝10分7敗の1位(全22チーム)となり、J2最多記録となる9年ぶり3回目のJ2優勝と、5年ぶり5回目[注 5]のJ1昇格が決まった。


2017年 - (J1)[編集]

2017年[編集]

チームスローガン:北海道とともに、世界へ

四方田体制3年目。11年間在籍していた上里一将(熊本へ移籍)をはじめ、神田夢実(愛媛へ移籍)、内山裕貴(鳥取へ移籍)、イルファン(バリ・ユナイテッドへ移籍)、盛岡へ期限付き移籍していた工藤光輝が契約満了、前貴之が山口、櫛引一紀が名古屋、中原彰吾がG大阪、福島へレンタル移籍していたパウロンが水戸へレンタル移籍、堀米悠斗が新潟、小山内貴哉がレンタル移籍先の福島へ完全移籍した。また、シーズン途中には阿波加俊太がへ育成型期限付き移籍で愛媛へ、永坂勇人が水戸へレンタル移籍した。

一方で、仙台からキム・ミンテ金園英学、鳥栖から早坂良太、神戸から田中雄大、横浜FMから兵藤慎剛を完全移籍で、大宮から横山知伸をレンタル移籍で獲得。レンタル移籍だった福森晃斗は完全移籍となり、菊地直哉はレンタル移籍期間が延長され、U-18から昨年2種登録選手で出場していた菅大輝濱大耀が昇格した。またシーズン中には、2016年12月に仮契約していた[12]タイ代表チャナティップ・ソングラシンタイ・リーグムアントン・ユナイテッドFCからレンタル移籍で、また昨年まで磐田でプレーしていたジェイが完全移籍で加入(それに伴い負傷のジュリーニョの選手登録を抹消)、さらに仙台から6年半ぶりの復帰となる石川直樹を完全移籍で補強した。

所属選手[編集]

  • 現役選手・スタッフ
  • 背番号の変遷
  • 外国籍選手
  • 過去に在籍した選手・スタッフ
  • 下部組織出身者

成績[編集]

  • 年度別成績・歴代監督
  • 通算対戦成績

Jリーグ記録[編集]

  • J1最年長出場 など

クラブ記録[編集]

  • 最多得点/失点試合
  • 年度別チーム得点王
  • ハットトリック
  • リーグ戦通算得点 など

タイトル[編集]

  • タイトル
  • 表彰
  • その他表彰

代表選出選手[編集]

  • A代表
  • U-23代表
  • U-20代表

ホームスタジアム[編集]

札幌厚別公園競技場

ホームスタジアムは札幌ドームである。過去のホームゲーム開催スタジアムは『北海道コンサドーレ札幌の年度別成績一覧#ホームゲームの入場者数・主催試合数(年度別・会場別)』を参照。

Jリーグ加盟後に開催したのは札幌厚別公園競技場(札幌厚別)、室蘭市入江運動公園陸上競技場および函館市千代台公園陸上競技場であるが、函館では2016年に5年ぶりのホームゲームを開催した一方、室蘭では2012年から開催されていない。

なお、札幌厚別もJリーグライセンス制度の基準を満たしていないため、2014年からはJリーグからの許諾を得た特例開催の扱いで数試合に制限して実施しており、Jリーグから2014年度のJ1ライセンス交付時に、札幌厚別の改善計画案について書面での提出を求める「制裁」を受けていた[13][14]2015年からホームスタジアムを札幌ドームのみにしている[1]

道外での公式戦ホームゲーム

札幌厚別の改修工事(1996年、1998年)、冬季間の積雪による競技場閉鎖、ナイトゲーム用の照明設備が備えられていない等の理由により、道外で公式戦のホームゲームを開催したことがある。

2001年と2002年の高知県での開催は、同年の最初のホームゲームだった。クラブは高知県を準ホームタウンとして定め、2002年には同県でキャンプも実施した。札幌(新千歳空港)と高知(高知空港)を往復するチャーター航空機利用ツアーなども実施したが、入場者数が伸び悩んだため、2002年限りで高知県との準ホームタウン関係を解消した[15]

会場 試合日 対戦チーム 勝敗 入場者数
1996 町田 5月5日 JFL 第3節 コスモ四日市 1-2 ● 966
平塚 5月16日 JFL 第5節 甲府 2-1 ○ 615
1997 長崎県立 3月15日 ナビスコ杯予選 V川崎 2-2 △ 4,823
長良川 3月26日 横浜M 1-2 ● 2,913
水前寺 3月29日 G大阪 1-0 ○ 2,881
1998 仙台ス 3月25日 J 1st 第2節 鹿島 1-3 ● 14,682
4月15日 J 1st 第6節 浦和 2-0 ○ 12,171
2001 高知陸 3月17日 J1 1st 第2節 2-1 ○ 6,276
2002 3月2日 J1 1st 第2節 仙台 0-1 ● 7,236
2007 西が丘 4月11日 J2 第8節 福岡 0-0 △ 2,161
スタジアム観戦マナーについて

ホームゲーム入場者数・主催試合数など[編集]

  • リーグ戦
    • 入場者数(年度別・最多/最少入場者数)
    • 開幕戦・最終戦
    • 入場者数・主催試合数(年度別・会場別)
  • Jリーグカップ戦
    • 入場者数・試合会場

スタジアムDJ[編集]

  • FM-JAGA DJ
    • 栗谷昌宏(不明)

入場曲[編集]

  • Moon Over The Castle - ホームゲーム入場曲(演奏者:ANDY'S、1997年)TVゲーム『グランツーリスモ』と同じ曲としても知られるが曲調が多少異なる。

配布物[編集]

  • マッチデープログラム ホーム全試合会場入り口にて無料配布 北海道フットボールクラブ
    • 2003年 - 2005年 : MATCH DAY PROGRAM
    • 2006年 - 2008年 : kattare-カッターレ-
    • 2009年 :       -アカクロ-
    • 2010年 - 現在 : VOCS-ヴォックス-

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) 赤×黒
FP(2nd) 白×灰
GK(1st) 黄×橙
GK(2nd) 緑×深緑 深緑
GK(3rd) 紺×白
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd
GK 3rd

ホームのユニフォーム東芝時代の赤黒の縦縞を引き継いでいる。

  • 1996年:東芝時代と同じ赤黒の縦縞を使用。
  • 1997年-1998年:赤黒の縦縞を基調に白とブルーグレーを追加。
  • 1999年-2000年:色が赤黒のみになる。
  • 2001年-2002年:赤黒の間に白のラインを入る。
  • 2003年-2004年:中央を黒、サイドを赤になる。
  • 2005年:正面を赤一色、背面を赤ベースに黒の三本線へ変更。
  • 2006年:サプライヤーをadidasからKappaに変更したことに伴い、赤黒の縦縞が復活。
  • 2010年:1stユニフォームのソックスを黒へ変更。2ndユニフォームの前面に赤黒の帯が付いた。
  • 2011年:15周年メモリアルとしてゴールドステッチを使用[16]
  • 2013年:赤黒の縦縞線が従来よりも細くなる[17]
  • 2014年:袖とサイドに「アイヌ文様」の柄を採用[18]
  • 2015年:2ndユニフォームのパンツが赤へ変更。
  • 2016年:1stユニフォームのソックスを黒から赤へ変更。クラブ創設20周年記念と北海道新幹線開業に伴い、FPは1stユニフォームを白とグリーンの縦縞でパンツが紫、GKは1stユニフォームを赤と黒の縦縞を函館開催のみ着用[19]

クラブカラー[編集]

  •     レッド(暖かい炎=ファイティングスピリットの象徴[20]
  •     ブルーグレー針葉樹林の茂る深い森=冷静な判断力の象徴)[20]
  •     ブラック(北海道の大地=無限大パワーを象徴)[20]
  •     ホワイト(雪、シマフクロウ=フェアプレー精神の象徴)[20]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
石屋製菓 白い恋人 1998年
2002年 - 2007年
2010年 -
1997年は袖
2008年 - 2009年までは背中上部
背中上部 F-Power F-Power 2017年 -
背中下部 あいプラングループ あいプラン(1st)
あいプラングループ 日本互助会(2nd)
2016年7月 -
サッポロビール CLASSIC サッポロクラシック(1st)
☆SAPPORO(2nd)
2008年 - 2009年
2017年 -
1999年 - 2001年までは胸
1997年 - 1998年、2002年 - 2007年、2010年 - 2016年までは背中上部
1996年から2004年は「サッポロビール」表記
1st、2ndで分けるのは2014年から
パンツ 日本航空 JAL 2008年 - 1998年 - 2007年までは袖
2011年は旧ロゴマークを使用

※ユニフォームスポンサーとユニフォームサプライヤーのKappaに加え、北海道新聞社JAグループ北海道の8社がオフィシャルパートナー

ユニフォームサプライヤーの遍歴[編集]

歴代ユニフォーム スポンサー表記[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
1996 HUDSON TOSHIBA 解禁前 サッポロビール - PUMA
1997 サッポロビール 白い恋人
1998 白い恋人 JALグループ
1999 サッポロビール 白い恋人 adidas
2000 JAL
2001
2002 白い恋人 サッポロビール JR北海道
2003
2004
2005 ☆SAPPORO
2006 Kappa
2007
2008 ニトリ 白い恋人 ☆SAPPORO JAL
2009
2010 白い恋人 ☆SAPPORO ニトリ
2011 -
2012 JA北海道
2013
2014 CLASSIC サッポロクラシック(1st)
☆SAPPORO(2nd)
2015
2016 -/あいプラン(1st)
あいプラングループ 日本互助会(2nd)
[21]
2017 F-Power あいプラン(1st)
あいプラングループ 日本互助会(2nd)
CLASSIC サッポロクラシック(1st)
☆SAPPORO(2nd)

スポンサー[編集]

オフィシャルトップパートナー[編集]

2017年3月現在

アカデミー[編集]

北海道コンサドーレ札幌の位置(北海道内)
札幌U-18U-15/U-12
札幌U-18
U-15/U-12
旭川U-15
旭川U-15
東川U-12
東川U-12
釧路U-15/U-12
釧路U-15/U-12
アカデミー本拠地(2017年)

アカデミー(育成組織)として、高校生年代の北海道コンサドーレ札幌U-18(1997年4月設立)、中学生年代の北海道コンサドーレ札幌U-15(1997年4月設立)と北海道コンサドーレ旭川U-15(2004年4月設立)と北海道コンサドーレ釧路U-15(2016年4月設立)、小学生年代の北海道コンサドーレ札幌U-12(2002年4月設立)と北海道コンサドーレ東川U-12(2017年4月設立)[22]と北海道コンサドーレ釧路U-12(2016年4月設立)を保有している[23]

コンサドーレの創設から翌年の1997年4月にトップチームの当時の練習場として使用されていた栗山町の藤野スポーツ広場を拠点として活動、札幌U-18、札幌U-15も同時に開設された。遠方から栗山町に通うユース選手のために、1998年4月にユース尞を栗山町に開設したが、2003年3月に活動拠点を札幌市東区東雁来に移すため栗山町のユース尞を閉鎖した。同年5月に活動拠点を栗山町から東雁来に移しユース専用の東雁来グラウンドを開設。2005年3月に札幌市西区に選手寮「しまふく寮」が開設され、トップ選手と混ざり一部のユース選手が入寮した。同年6月にクラブパートナーでもある進藤病院の院長が練習場運営会社ジャパンスポーツラボを設立し、上川郡東川町に練習場「コンサフィールド東川」を開設した[24]2016年に釧路で活動していたR・シュペルブ釧路を母体として釧路U-15、釧路U-12を開設し合同でアカデミー活動を開始[25]。2017年4月に東川U-12を発足し[22]、札幌U-12は今の活動拠点と更に増やして2カ所で活動する[26]

全カテゴリースタッフ
役職 コーチ 前職 在職年 備考
アカデミーダイレクター 日本の旗 北原次郎 旭川U-15監督 2016年 -
アカデミーサブダイレクター 日本の旗 浅沼達也 札幌U-12監督 2016年 - U-12監督兼務
アカデミーコーディネーター 日本の旗 小山哲司 城西国際大学サッカー部監督 2016年5月[27] -
アカデミーフィジカルコーチ兼トレーナー 日本の旗 栗山渉 アカデミートレーナー 2017年 -
アカデミーGKコーチ 日本の旗 阿部勝弘 札幌U-15GKコーチ 2017年 - チーフ
日本の旗 相川雄介 札幌U-18GKコーチ 2017年 -
日本の旗 高木貴弘 旭川U-15コーチ兼GKコーチ 2017年 -
日本の旗 花田倖基 札幌U-12コーチ兼GKコーチ 2017年 -

札幌U-18[編集]

2012年12月24日 第20回Jリーグユース選手権大会 vsG大阪ユース戦(長居スタジアム)の決勝スターティングメンバー。数字は背番号、(C)はキャプテン。

高円宮杯U-18サッカーリーグ2011 プレミアリーグ奈良竜樹榊翔太らを擁して[28] 優勝し初代王者となった。これにより出場したチャンピオンシップは準優勝。2012年のJリーグユース選手権大会で北海道のサッカーのチームとして初めて全国大会を制した[29]

  • 創設年:1997年
  • 本拠地:札幌市東区東雁来
  • 練習場:東雁来グラウンド、札幌サッカーアミューズメントパーク
監督
コーチ
  • 日本の旗 及川真行 (1997年 - 1998年、2001年 - 2002年)
  • 日本の旗 財前恵一 (1999年 - 2000年、2007年 - 2009年)
  • 日本の旗 赤池保幸 (1999年 - 2001年、2003年 - 2006年)
  • 日本の旗 四方田修平 (2002年 - 2002年9月)
  • 日本の旗 深川友貴 (2003年 - 2010年)
  • 日本の旗 佐賀一平 (2005年)
  • 日本の旗 賀谷英司 (2006年)
  • 日本の旗 阿部勝弘 (2007年 - 2015年)
  • 日本の旗 蛯沢匠吾 (2009年 - 2012年)
  • 日本の旗 川口卓哉 (2011年 - 2014年)
  • 日本の旗 相川雄介 (2014年 - 現在)
  • 日本の旗 関浩二 (2015年) [30]
  • 日本の旗 鈴木健士 (2016年)
  • 日本の旗 青山剛 (2017年)
所属選手


成績[編集]

年度 リーグ戦 旧高円宮杯 クラブユース
選手権
Jユースカップ U-18監督
所属 試合 勝点 順位
2001 - - - - - - - ベスト16 準優勝 GL敗退 日本の旗 財前恵一
2002 - - - - - - - 2回戦敗退 ベスト4 ベスト16
2003 プリンスリーグ
北海道
7 19 6 1 0 優勝 GL敗退 GL敗退 GL敗退
2004 7 19 6 1 0 優勝 GL敗退 GL敗退 GL敗退 日本の旗 四方田修平
2005 9 19 6 1 2 優勝 準優勝 GL敗退 GL敗退
2006 9 15 4 3 2 5位 予選敗退 GL敗退 GL敗退
2007 9 25 8 1 0 優勝 GL敗退 GL敗退 GL敗退
2008 9 27 9 0 0 優勝 ベスト16 GL敗退 GL敗退
2009 9 23 7 2 0 優勝 GL敗退 ベスト8 GL敗退
2010 7 19 6 1 0 優勝 ベスト8[注 6] GL敗退 ベスト16
年度 リーグ戦 クラブユース
選手権
Jユースカップ U-18監督
所属 試合 勝点 順位
2011 プレミアリーグ
イースト
18 35 10 5 3 優勝[注 7] ベスト8 ベスト8 日本の旗 四方田修平
2012 18 30 9 3 6 2位 GL敗退 優勝
2013 18 29 9 2 7 5位 ベスト8 ベスト4
2014 18 20 5 5 8 8位 ベスト4 GL敗退
2015 18 13 3 4 11 9位 ベスト8 ベスト16
日本の旗 川口卓哉
2016 プリンスリーグ
北海道
14 34 11 1 2 優勝 ベスト16 ベスト32
2017 14
主な全国大会結果

ベスト4以上を記載

主な北海道大会結果

ベスト4以上を記載

2013年よりプレミアリーグとの日程調整がつかず不参加。2015年より第2種(U-18)チームは出場不可。

国際大会[編集]

大会名 試合日 対戦相手 会場 結果 備考
2006 ダラスカップ2006 GL第1戦(4月9日) メキシコの旗 サントス・ラグナ ピザハット・パーク・フィールド 7 1-5 ●
GL第2戦(4月10日) ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト リッチランド・カレッジ・フィールド 10 0-4 ●
GL第3戦(4月12日) イングランドの旗 ブラックバーン・ローヴァーズFC ピザハット・パーク・フィールド 7 2-1 ○
2013 ゴシアカップ2013
U-16部
GL第1戦(7月15日) スウェーデンの旗 IFKエステルスンドスウェーデン語版 ヘーデン 4 5-0 ○
GL第2戦(7月16日) ポルトガルの旗 ロバトス・フット ゴシア・アリーナ 0-0 △
GL第3戦(7月17日) ノルウェーの旗 FKフィヤールハンメルノルウェー語版 4-0 ○
決勝T 1回戦(7月18日) ノルウェーの旗 FKリレハンメルノルウェー語版 ヘーデン 4 7-0 ○
決勝T 2回戦(7月18日) イングランドの旗 キネティック・アカデミー ゴシア・アリーナ 5-0 ○
決勝T 3回戦(7月19日) ドイツの旗 MTVトリュブント・リューネブルクドイツ語版 Harlanda 1 5-0 ○
決勝T 準々決勝(7月19日) スウェーデンの旗 グンニルセISスウェーデン語版 ヘーデン 4 3-0 ○
決勝T 準決勝(7月19日) スウェーデンの旗 IFエルフスボリ Slottskogsvallen 2-2(5PK4) ○
決勝T 決勝(7月19日) ウガンダの旗 カンパラ・ジュニア ゴシア・アリーナ 2-3 ●
2016 第6回国際スポーツ競技大会
「アジアの子供たち」
第1戦(7月7日) ロシアの旗 極東選抜 ユノスト競技場英語版 7-1 ○ [31]
第2戦(7月9日) キルギスの旗 キルギス代表 2-1 ○ [31]
第3戦(7月12日) ロシアの旗 シベリア選抜 3-1 ○ [31]
第4戦(7月16日) サハ共和国の旗 サハ選抜 7-0 ○ [31]
ゴシアカップ・チャイナ2016
U-18部
GL第1戦(8月14日) 中華人民共和国の旗 沈朝一中 哥德足球公园A6 10-0 ○ [33]
GL第2戦(8月14日) 中華人民共和国の旗 沈阳17中 23-0 ○ [34]
GL第3戦(8月15日) 中華人民共和国の旗 无锡1中 12-0 ○ [35]
GL第4戦(8月16日) バングラデシュの旗 Team Manarat 哥德足球公园A5 3-0 ○ 不戦勝[36]
決勝T 準々決勝(8月17日) アラブ首長国連邦の旗 CF Football Academy 哥德足球公园A4 17-0 ○ [37]
決勝T 準決勝(8月18日) 中華人民共和国の旗 沈阳市回民中学 4-0 ○ [38]
決勝T 決勝(8月19日) スペインの旗 CSKH 哥德足球公园A3 1-1(10PK11) ● [39]
U-19ミャンマー国際招待ユース2016
(KBZ Bank U19 Cup 2016)
GL第1戦(8月22日) ミャンマーの旗 U-19ミャンマー代表 マンダラーティエリースタジアム 4-1 ○ [40]
GL第2戦(8月24日) タイ王国の旗 U-19タイ代表 1-3 ● [41]
GL第3戦(8月26日) ベトナムの旗 U-19ベトナム代表 1-1 △ [42]
決勝(8月28日) ベトナムの旗 U-19ベトナム代表 0-0(4PK5) ● [32][43]

海外遠征[編集]

遠征名 試合日 対戦相手 結果 備考
2015 シュトゥットガルト遠征 第1戦(12月8日) ドイツの旗 VfBシュトゥットガルトU-19 4-5 ● [44]
第2戦(12月9日) ドイツの旗 シュトゥットガルト・キッカーズ 1-3 ● [45]
第3戦(12月10日) ドイツの旗 SGゾネンホフ・グロースアスパッハ 10-0 ○ [46][47]
2016 昌寧遠征 第1戦(12月27日) 大韓民国の旗 釜山アイパークU-18 5-5 △ [48]
第2戦(12月28日) 大韓民国の旗 FCソウルU-18 0-3 ● [49]
第3戦(12月29日) 大韓民国の旗 光州FC U-18 0-2 ● [49]
2017 リオデジャネイロ遠征 第1戦(3月26日) ブラジルの旗 フルミネンセU-18 1-5 ● [50]
第2戦(3月27日) ブラジルの旗 ボタフォゴU-18 3-6 ● [50]
第3戦(3月28日) ブラジルの旗 フラメンゴU-17 3-1 ○ [50]
第4戦(3月30日) ブラジルの旗 ヴァスコ・ダ・ガマU-18 1-4 ● [50]
第5戦(3月31日) ブラジルの旗 フルミネンセU-20 3-2 ○ [50]

札幌U-15[編集]

  • 創設年:1997年
  • 本拠地:札幌市東区東雁来
  • 練習場:東雁来グラウンド
監督
コーチ
  • 日本の旗 財前恵一 (1997年 - 1998年)
  • 日本の旗 及川真行 (1999年 - 2000年, 2003年)
  • 日本の旗 赤池保幸 (1999年 - 2002年)
  • 日本の旗 浅沼達也 (2000年 - 2001年)
  • 日本の旗 森下仁之 (2001年 - 2002年9月)
  • 日本の旗 冨樫剛一 (2002年9月 - 2002年)
  • 日本の旗 賀谷英司 (2003年 - 2005年, 2016年 - 現在)
  • 日本の旗 松山大地 (2003年 - 2011年)
  • 日本の旗 関浩二 (2006年 - 2012年, 2015年)
  • 日本の旗 池内友彦 (2012年 - 2014年)
  • 日本の旗 蛯沢匠吾 (2013年)
  • 日本の旗 村田達哉 (2013年)
  • 日本の旗 中村拓朗 (2014年 - 現在)
  • 日本の旗 阿部勝弘 (2016年)
所属選手


成績[編集]

年度 所属 リーグ戦 高円宮杯
U-15
クラブユース
U-15
JFA
プレミアカップ
U-15監督
試合 勝点 順位
2001 - - - - - - - - - - 日本の旗 三浦雅之
2002 - - - - - - - 準優勝 予選敗退
2003 - - - - - - - 準優勝 - 日本の旗 森下仁之
2004 - - - - - - - ベスト16 ベスト16
2005 - - - - - - - 予選敗退 ベスト16 予選敗退
2006 - - - - - - - 予選敗退 GL敗退 予選敗退
2007 北海道
カブスリーグ
1部 7 21 7 0 0 優勝 予選敗退 - 予選敗退 日本の旗 名塚善寛
2008 9 27 9 0 0 優勝 ベスト4 ベスト16 予選敗退
2009 10 28 9 1 0 優勝 準優勝 ベスト8 予選敗退
2010 10 27 9 0 1 優勝 ベスト16 ベスト8 予選敗退
2011 15 39 13 0 2 優勝 ベスト16 ベスト8 -
2012 14 27 8 3 3 3位 初戦敗退 ベスト16 予選敗退
2013 14 42 14 0 0 優勝 初戦敗退 ベスト32 予選敗退 日本の旗 関浩二
2014 14 35 11 2 1 優勝 ベスト16 ベスト8 予選敗退
2015 14 38 12 2 0 優勝 初戦敗退 ベスト16 準優勝 日本の旗 佐藤尽
2016 14 38 12 2 0 優勝 準優勝 ベスト4 ベスト4 日本の旗 森川拓巳
2017 14
主な全国大会結果

ベスト4以上を記載

国際大会[編集]

  • 中国足協青少年足球U15冠軍杯賽
    • 準優勝:2016年[51]
  • BOAL国際U-14大会
    • 出場:2017年[52]
大会名 試合日 対戦相手 会場 結果 備考
2016 中国足協青少年足球U15冠軍杯賽 第1戦(11月18日) 中華人民共和国の旗 新疆宋慶齡足校 武漢塔子湖体育中心体育場 9-1 ○ [53][54][55][56][57][58]
第2戦(11月19日) 中華人民共和国の旗 成都棠中外校 1-0 ○ [59][60]
第3戦(11月21日) 中華人民共和国の旗 山東魯能U15 2-1 ○ [61]
第4戦(11月23日) 大韓民国の旗 水原三星U15 1-3 ● [62]
第5戦(11月25日) 中華人民共和国の旗 湖北足球協会U15 3-1 ○ [51][63]
2017 BOAL国際U-14大会 GL第1戦(8月18日) オランダの旗 AZアルクマール ユリアナ・スポルトパルク ピッチ2
GL第2戦(8月18日) ベルギーの旗 クラブ・ブルッヘ ユリアナ・スポルトパルク ピッチ4
GL第3戦(8月19日) イングランドの旗 スウィンドン・タウンFC
GL第4戦(8月19日) オランダの旗 PSVアイントホーフェン ユリアナ・スポルトパルク ピッチ2
GL第5戦(8月19日) ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント ユリアナ・スポルトパルク ピッチ1
GL第6戦(8月19日) イングランドの旗 チェルシーFC
GL第7戦(8月19日) オランダの旗 ADOデン・ハーグ ユリアナ・スポルトパルク ピッチ5
順位決定戦(8月20日)
順位決定戦(8月20日)
順位決定戦(8月20日)

旭川U-15[編集]

  • 創設年:2004年
  • 本拠地:上川郡東川町
  • 練習場:コンサフィールド東川
監督
  • 日本の旗 三浦雅之 (2004年 - 2006年)
  • 日本の旗 賀谷英司 (2007年)
  • 日本の旗 佐藤尽 (2008年 - 2014年)
  • 日本の旗 北原次郎 (2015年)
  • 日本の旗 柴田慎吾 (2016年 - 現在)
コーチ
  • 日本の旗 川口卓哉 (2004年 - 2007年)
  • 日本の旗 松山育司 (2004年 - 現在)
  • 日本の旗 竹原靖和 (2008年 - 2011年)
  • 日本の旗 柴田慎吾 (2012年 - 2015年)
  • 日本の旗 日高拓磨 (2016年 - 現在)
  • 日本の旗 高木貴弘 (2016年)
所属選手


成績[編集]

年度 所属 リーグ戦 高円宮杯
U-15
クラブユース
U-15
JFA
プレミアカップ
U-15監督
試合 勝点 順位
2004 予選敗退 予選敗退 日本の旗 三浦雅之
2005 予選敗退 予選敗退
2006 予選敗退 予選敗退
2007 ベスト16 予選敗退 日本の旗 賀谷英司
2008 北海道
カブスリーグ
1部 9 13 4 1 4 6位 GL敗退 予選敗退 日本の旗 佐藤尽
2009 2部 10 13 4 1 5 4位 予選敗退 予選敗退
2010 10 18 5 3 2 優勝 予選敗退 予選敗退
2011 15 37 12 1 2 B組優勝 予選敗退 予選敗退
2012 1部 14 5 1 2 11 8位 予選敗退 予選敗退
2013 2部 14 31 10 1 3 2位 予選敗退 予選敗退
2014 1部 14 20 6 2 6 4位 予選敗退 予選敗退
2015 14 16 5 1 8 6位 予選敗退 予選敗退 日本の旗 北原次郎
2016 14 22 7 1 6 3位 予選敗退 GL敗退 日本の旗 柴田慎吾
2017 14
主な全国大会結果

ベスト4以上を記載

釧路U-15[編集]

釧路市を本拠地とするR・シュペルブ釧路のU-15を母体にして合同でアカデミー活動。

監督
  • 日本の旗 山内博志 (2016年 - 現在)
所属選手


成績[編集]

年度 所属 リーグ戦 高円宮杯
U-15
クラブユース
U-15
JFA
プレミアカップ
U-15監督
試合 勝点 順位
2016 北海道
カブスリーグ
道東[64] 14 27 9 0 5 2位 - 予選敗退 - 日本の旗 山内博志
2017 14

札幌U-12[編集]

  • 創設年:2002年
  • 本拠地:札幌市東区東雁来
  • 練習場:東雁来グラウンド
監督
  • 日本の旗 浅沼達也 (2002年 - 現在)
コーチ
  • 日本の旗 名塚善寛 (2002年 - 2006年)
  • 日本の旗 関浩二 (2004年 - 2005年)
  • 日本の旗 佐賀一平 (2006年 - 2007年)
  • 日本の旗 相川雄介 (2007年 - 2013年)
  • 日本の旗 川口卓哉 (2008年 - 2010年)
  • 日本の旗 木崎拓也 (2011年 - 2016年)
  • 日本の旗 花田倖基 (2016年)
  • 日本の旗 堀井健仁 (2017年 - 現在)
  • 日本の旗 鈴木健士 (2017年 - 現在)
  • 日本の旗 津元靖史 (2017年 - 現在)
  • 日本の旗 佐藤慶幸 (2017年 - 現在)
所属選手


東川U-12[編集]

  • 創設年:2017年
  • 本拠地:上川郡東川町
  • 練習場:東川町ゆめ公園、コンサフィールド東川など
監督
  • 日本の旗 木崎拓也 (2017年 - 現在)
所属選手


釧路U-12[編集]

釧路市を本拠地とするR・シュペルブ釧路のU-12を母体にして合同でアカデミー活動。

  • 創設年:2016年
  • 本拠地:釧路市・釧路郡釧路町
  • 練習場:釧路町運動公園など
監督
  • 日本の旗 重巣建治 (2016年 - 現在)
所属選手


アカデミー出身者[編集]

コンサドーレ北海道スポーツクラブ[編集]

コンサドーレ北海道スポーツクラブ
創立者 株式会社北海道フットボールクラブ
団体種類 一般社団法人
設立 2014年2月
所在地 札幌市中央区北3条西2丁目1-13
NC北専北三条ビル7階
主要人物 三上大勝(代表理事)
活動地域 日本の旗 日本
活動内容 サッカースクールおよび女子サッカーチームの運営他
ウェブサイト http://chsc.jp/
テンプレートを表示

一般社団法人コンサドーレ北海道スポーツクラブは、2014年に設立された総合型地域スポーツクラブ。

サッカースクール[編集]

2014年設立と同時にコンサドーレ北海道スポーツクラブに移管された[65]

  • カテゴリー内訳:U-5・U-6(幼稚園クラス)、U-7・U-8(小学校1・2年生クラス)、U-9・U-10(小学校3・4年生クラス)、U-11・U-12(小学校5・6年生クラス)
スクール 会場 エリア 活動場所 カテゴリー
U-5 U-6 U-7 U-8 U-9 U-10 U-11 U-12
札幌校 イーワン会場 札幌 札幌市白石区
ばんけい会場 札幌市中央区
ロコ エスタディオ会場 札幌市南区
東雁来会場 札幌市東区
吉田学園 SPORTS BOX会場 - - - -
ほのか会場 札幌市手稲区 - - - -
恵庭校 - 道央 恵庭市
岩見沢校 - 岩見沢市 - -
旭川校 - 道北 旭川市東川町 - - - - -
士別校 - 士別市 - - - -
室蘭校 - 道南 室蘭市
洞爺校 - 洞爺湖町 - - -
  • GKスクール:小学5-6年の男子・女子、活動場所(札幌市東区)

北海道リラ・コンサドーレ[編集]

2014年に、一般社団法人コンサドーレ北海道スポーツクラブを運営母体として、女子サッカーチームが設立[66]された。チーム名は一般公募により、ライラックフランス語で『リラ』に決まる。花言葉は『pride(誇り)・beauty(美)』の意味を持つ[67]。設立当初は目標として『5年でなでしこリーグ参入』をかかげていたが、『時間をかけた育成』へ転換。セレクション等は行っているものの外部からの補強は無く、所属選手は2017年時点ではU-12からU-16世代となっている。

2015年度より、中学1・2年生の22名[68]で活動を開始した(上述)。

2016年度は、新中学1年生10人が新加入し総勢32名となり、A(一軍)・Bチームに分かれて各リーグ戦に参加[69]。また同年、全日本女子ユース (U-15)サッカー選手権大会で全国規模の大会デビューを果たした。

2017年度は、新中学1年生4人が新加入し総勢36名となった。

スタッフ・所属選手[編集]

監督
  • 日本の旗 宗像訓子(2015年 - 現在)
コーチ
  • 日本の旗 佐々木滋(2016年 - 現在)
GKコーチ
  • 日本の旗 今岡亮介(2016年 - 現在)
所属選手


成績[編集]

年度 Aチーム Bチーム 皇后杯 監督
リーグ チーム数 試合 勝点 順位 リーグ チーム数 試合 勝点 順位
2015 札幌地区 8 7 18 6 0 1 2位[70] - - - - - - - - 未出場
(道予選ベスト8)
日本の旗 宗像訓子
2016 北海道 6 10 6 2 0 8 5位 札幌地区 8 7 18 6 0 1 2位
2017

表彰[編集]

北海道女子サッカーリーグ
  • フェアプレー賞:1回
    • 2016年
  • ベストイレブン
    • 2016年:日本の旗 齊藤菜々香

国内大会[編集]

最高成績を記載

全国大会
交流大会
  • JCYレディースサッカーフェスティバル
    • 準優勝:2016年
  • 北海道女子サッカーフェスティバル
    • 3位:2015年
地区カップ戦
  • 札幌市民体育大会サッカー大会(女子の部)
    • 優勝:2016年
  • 会長杯札幌女子サッカー大会
    • 優勝:2017年
フットサル
  • 全道女子ユース(U-15)フットサル大会
    • 決勝ラウンド1回戦敗退:2015年、2016年
  • 札幌女子フットサル大会
    • 準優勝:2016年

世代代表選出選手[編集]

U-15選抜
  • 日本の旗 宮林桜生(EAFF U-15 Girls Tournament2017、4月16 - 20日)
U-14選抜
  • 日本の旗 今立のどか(AFC U-14 Girls Regional Championship2016、5月17 - 22日)

スポンサー[編集]

オフィシャルパートナー(2016年度時点)

北海道コンサドーレ札幌バドミントンチーム[編集]

2017年4月8日、日本のプロサッカークラブとして初めて、『北海道コンサドーレ札幌バドミントンチーム』が発足した[71][72]。監督は吉田仁。5月19日のメンバー追加を経て、現在9名の選手が活動している[73][74]

スタッフ・所属選手[編集]

監督
  • 日本の旗 吉田仁
所属選手

コンサドーレパートナーアスリート[編集]

「北海道とともに世界へ」というスローガンを掲げ、このコンセプトに合致するサッカー以外の選手を「コンサドーレパートナーアスリート」と称してコンサドーレ北海道スポーツクラブが協力に当たる[75]

国際試合[編集]

2011年6月に札幌市の姉妹都市の大田広域市で開催された「It's Daejeon国際サッカー大会」に出場。本大会がクラブ初の国際試合となる。[76]

  • 親善試合

提携クラブ[編集]

クラブ経営[編集]

所属 営業収益 収入内訳 営業費用 費用内訳 純利益 累積赤字 純資産
(債務超過)
出典
興行 広告料 販売 その他 配分金 人件費
1996 JFL 4.7億円 12.6億円 -7.9億円 7.9億円 -7.1億円 [78]
1997 8.5億円 18.4億円 -9.8億円 17.8億円 -4.1億円
1998 J 10.9億円 16.7億円 -9.7億円 27.5億円 -5.3億円
1999 J2 10.5億円 14.2億円 -2.2億円 29.6億円 -7.4億円
2000 11.9億円 13.6億円 0.8億円 28.9億円 -6.4億円
2001 J1 18.7億円 19.4億円 1.6億円 27.3億円 -1.7億円
2002 17.9億円 20.2億円 -0.9億円 28.2億円 -2.6億円
2003 J2 15.7億円 18.8億円 -1.9億円 30.1億円 -4.6億円
2004 13.8億円 12.4億円 3.6億円 26.5億円 -1.0億円
2005 12.6億円 13.9億円 0.6億円 26.0億円 -0.4億円
2006 11.8億円 3.6億円 4.5億円 1.0億円 1.6億円 1.1億円 15.3億円 5.3億円 -1.6億円 27.5億円 -2.0億円 [79]
2007 12.6億円 4.6億円 4.3億円 0.9億円 1.3億円 1.4億円 14.4億円 4.6億円 0.1億円 27.5億円 -1.9億円
2008 J1 16.2億円 5.2億円 6.1億円 1.1億円 1.3億円 2.6億円 17.7億円 7.2億円 -0.3億円 7.0億円 0.6億円 [80]
2009 J2 15.5億円 3.6億円 5.6億円 0.7億円 4.4億円 1.2億円 16.8億円 6.2億円 -0.4億円 7.7億円 0.2億円 [81]
2010 11.3億円 3.1億円 4.4億円 0.7億円 2.2億円 1.1億円 13.7億円 4.2億円 -1.2億円 8.9億円 -1.0億円 [82]
2011 13.0億円 3.1億円 4.0億円 0.7億円 4.1億円 1.1億円 13.8億円 4.6億円 0.2億円 8.8億円 -0.8億円 [83]
2012 J1 13.5億円 4.0億円 4.8億円 0.7億円 2.0億円 2.1億円 14.7億円 4.5億円 -0.4億円 9.1億円 -0.4億円 [84]
2013 J2 10.7億円 3.3億円 4.3億円 0.8億円 1.3億円 1.0億円 12.2億円 3.1億円 0.1億円 9.1億円 -0.3億円
2014 13.3億円 3.9億円 5.9億円 0.9億円 1.6億円 1.0億円 13.7億円 4.0億円 0.5億円 8.6億円 0.2億円 [85]
2015 14.2億円 4.2億円 6.1億円 1.0億円 1.8億円 1.0億円 15.4億円 5.1億円 320万円 8.6億円 0.2億円 [86]
2016 19.0億円 4.6億円 8.8億円 1.7億円 2.6億円 1.3億円 16.9億円 7.0億円 9万円 8.6億円 0.2億円 [87][88]
  • 1998年、北海道と札幌市からそれぞれ5億円の融資を受けた[78]
  • 1999年、札幌市から毎年9000万円の補助金が開始された。2008年から補助金の金額は毎年減少し、2015年は6600万円となった[78]
  • 2000年-2007年、毎年1億円の補助金を北海道から受けた[78]
  • 2001年、札幌ドームの年間3000万円近くする使用料を札幌市から補助金を間接的に受ける。
  • 2008年、債務超過解消に向けて5月に約20.5億円の減資を実施。減資と合わせて増資により2億8421万円の資金調達を行う。これにより債務超過の状態が解消された[89]。同年4月28日付けで札幌市に対して、コンサドーレについての住民監査請求を受ける。その中で、貸付金や補助金等に係る札幌市の支出額全額(貸付金と補助金の合計で約17億円)が損害にあたるという主張がなされた[90][注 8]
  • 2012年、債務超過を解消するため8070万円の増資を行った[91]
  • 2013年-2014年、Jリーグライセンスについて2014年末時点で債務超過が無いことが財務基準となっており、2013年9月30日に債務超過の解消の方策を理事会に示す旨の「是正通達」が付帯された[92]。2年連続で単年度黒字を達成し、債務超過を解消した[93]
  • 2016年、決算日が12月31日がら1月31日へ変更となったため、13ヶ月の変則決算期間となっている[87]

雑誌[編集]

シーズン前キャンプ地[編集]

チーム創設時から現在までのキャンプ地の変遷は以下のとおり。

脚注[編集]

[ヘルプ]
注釈
  1. ^ 参加対象は1997-98年のJリーグ2シーズン通算の順位ポイントによるものだったが、1997年シーズンは下部リーグJFLにいた札幌には1998年1シーズンのみの順位ポイントしか計算されなかった。
  2. ^ 当時は引き分けを挟んでも連勝記録として認定されていたため、J2記録となる16連勝として記録されていた。
  3. ^ 実数値では、1999年、リーグ戦16チーム30試合時代に湘南が記録した年間通算13が最低。
  4. ^ 名塚は本来Jリーグの監督をするのに必要なS級ライセンスを保持はしていないが、新監督が決まっていることもあり特例で監督代行になった。
  5. ^ 1997年の旧JFLから当時1部制のJリーグへの昇格の1回を含む
  6. ^ 高円宮杯全日本ユースサッカー選手権は2010年大会をもって廃止。
  7. ^ 高円宮杯U-18サッカーリーグ チャンピオンシップ準優勝
  8. ^ Jリーグ31チームのうち21チームが自治体から補助金を受けたと監査請求の回答書に記載されている。2007年だけの総額で約7億円が自治体からJリーグに補助金として支出されている。
出典
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p クラブガイド:北海道コンサドーレ札幌”. 日本プロサッカーリーグ. 2016年1月31日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 平成25年12月期有価証券報告書 (PDF) 株式会社北海道フットボールクラブ 2017年2月19日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g 2015年度(平成27年度)Jクラブ個別情報開示資料”. 日本プロサッカーリーグ. 2016年8月20日閲覧。
  4. ^ 株式会社北海道フットボールクラブ(コンサドーレ札幌) 社名・チーム名変更及びホームタウン追加のお知らせ”. 2015年11月28日閲覧。
  5. ^ Jリーグ・公式戦における「連勝・連敗」の定義について
  6. ^ 札幌 基準満たせず室蘭、函館開催なし”. nikkansports.com (2012年2月2日). 2012年3月2日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]