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片岡静香

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
かたおか しずか
片岡 静香
生年月日 (1946-09-26) 1946年9月26日
没年月日 (2024-07-23) 2024年7月23日(77歳没)
出生地 日本の旗 日本京都府
身長 163 cm
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台など
著名な家族 十三代目片岡仁左衛門(父)
五代目片岡我當(兄)
二代目片岡秀太郎(同)
十五代目片岡仁左衛門(同)
所属劇団 演劇集団 円
公式サイト 公式プロフィール
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片岡 静香(かたおか しずか、1946年9月26日[1] - 2024年7月23日)は、日本女優[1]演劇集団 円所属。京都府出身[1]

父は東京、関西の型に精通し、東西で活躍を見せた歌舞伎役者の十三代目片岡仁左衛門。三人の兄も歌舞伎役者の五代目片岡我當二代目片岡秀太郎十五代目片岡仁左衛門、姉は日本舞踊家の花柳寿々(三女)など。

略歴

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1967年に女優の毛利菊枝が主宰する「劇団くるみ座」に入団し、1977年に退団[1]。1980年から演劇集団 円に所属[1]。円では、岸田國士の作品などに出演、「うつくしい日本語」の作品に、柔らかな雰囲気を発揮する。在籍中に、1978年に円の有志によって、文学座の龍岡晋の指導のもとで結成された「久保田万太郎勉強会」に参加、1997年に「みつわ会」として発展を見せ、幅広い作品の上演を行った。

その中でも中心的な存在の一人として活躍、久保田作の『かどで』、『短夜』、『雨空』、『蛍』、『補助椅子』、『舵』、『夜長』、『一周忌』などの他、下記の舞台出演歴に示すように多くの作品に出演し、日本語の台詞の美しさや「間」の習得にも余念がなかった。

この「みつわ会」の成果に対し、2006年には「みつわ会」として「第27回松尾芸能大賞」の研修・助成賞を受賞している。

また、2003年には円の紀伊國屋ホール公演『リチャード三世』、2005年には『マクベス』にも出演するなど、海外の作品にも意欲を示した。

1981年に、父の十三代目片岡仁左衛門が突発性緑内障で視力をほとんど失って以降は、父の杖とも眼ともなり、ドキュメンタリー番組でナレーションを務めるなど、献身的に父の生活を支えた。ドキュメンタリー映画の監督・羽田澄子の12時間近い長編ドキュメンタリー『歌舞伎役者・片岡仁左衛門』でもナレーションを務めている。1994年に父が没して以降、再び女優として舞台などの活動を始めた。

2024年7月23日に死去。77歳没[2]。所属事務所の円企画が公式サイトで発表した[3]

出演

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映画

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テレビドラマ

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舞台

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  • 「あぶらでり」「かどで」ステージ円(1981年)
  • 「ヴォルポーネまたの名を狐」ステージ円(1981年)
  • 「海神別荘」ステージ円(1981年)
  • 「雨空」ステージ円(1982年)
  • 「検察側の証人」俳優座劇場(1983年)
  • 「眠らぬための子守歌」ステージ円(1984年)
  • 「頼母しき求縁」俳優座劇場(1986年、1988年)
  • 「夏小袖」ステージ円(1987年)
  • 「一周忌」ステージ円(1988年)
  • 「舵」「雨空」ステージ円(1995年)
  • 「招待券」銀座みゆき館劇場(1996年)
  • 「リチャード三世」紀伊國屋ホール(2003年)
  • 「四月尽」六行会ホール(2004年)
  • 「通り雨」六行会ホール(2005年)
  • マクベス」紀伊國屋ホール(2005年)
  • 「かどで」六行会ホール(2006年)
  • 「風の盆ながれ唄」南座(2007年)
  • 「蛍」六行会ホール(2008年)
  • 「田中さんの青空」ステージ円(2008年)※演劇集団 円での公演への最期の出演となる
  • 火垂るの墓
  • 「町の音」六行会ホール(2009年)
  • 「売れっ子芸者奮闘記」南座(2009年9月5日 - 20日)

ラジオドラマ

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脚注

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出典

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  1. 1 2 3 4 5 個人情報”. 芸能ネット. 日本ナレーション演技研究所. 2007年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月13日閲覧。
  2. 俳優・片岡静香さん死去 享年77 NHK『おしん』、舞台『検察側の証人』などに出演”. ORICON NEWS (2024年7月30日). 2024年7月30日閲覧。
  3. 俳優片岡静香さん死去、77歳 兄は当代仁左衛門 「おしん」「はぐれ刑事純情派」など出演”. 日刊スポーツ (2024年7月30日). 2024年7月30日閲覧。

外部リンク

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