流行通信

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流行通信(りゅうこうつうしん)は日本ファッション雑誌。現在日本で発行されているファッション雑誌の中でも特に歴史のある雑誌の一つである。

概要[編集]

1966年5月10日、『森英恵流行通信』として創刊される。当時は森英恵のPR誌としての色合いが強かった。1969年には森英恵の名前を取り『流行通信』に誌名変更。PR誌から一般のファッション誌になる。以降ファッション誌としてだけではなく、アート・カルチャー誌としても評価され、ファッションという垣根を越えて多くのクリエイター達に影響を与えることになる。アートディレクターとして、横尾忠則浅葉克己長友啓典・高原宏・藤本やすし服部一成などの著名人が関わった。カメラマンとしては、篠山紀信荒木経惟稲越功一上田義彦大森克己操上和美沢渡朔十文字美信田原桂一をはじめ、各時代のトップが競って参加し、日本の最先端アート・カルチャー・シーンのショーケースの役割を果たした。

1983年新宿区市谷本村町2-35に安藤忠雄設計による「流行通信ビル」を建設。出版事業部、映像事業部の2事業部体制となる。この前後から、優秀な人材が数多く入社したが、『流行通信』編集長だった川村容子が文藝春秋への転職をしたことに代表されるように、数多くの社員が転職し、「出版業界の飛行場」とも言われるようになる。この時期に在職していた人物としては、木津由美子(ハーパスバザー 編集長)、駒田浩一(世界文化社 取締役広告本部長)、高田秀之宝島社、岡田晴彦(ダイヤモンド・ビジネス企画 取締役・編集長)、池田稔(『miss家庭画報』・『マリクレール』元編集長)、などがおり、営業部出身者の活躍が目立つ。

1980年代後半に出版社の社名が、「株式会社流行通信」から「株式会社流行通信社」に改称。更に2003年9月からは「INFASパブリケーションズ」が出版社となった。

2008年1月号(2007年12月発売)より休刊。ライセンスはINFASパブリケーションズが所持していると思われるが、その後は『WWDジャパン』の別冊季刊誌『WWD流行通信』として年3~4回程度発売され、誌面には有名芸能人・スポーツ選手などがハイブランドの衣装を身にまとって登場している。

外部リンク[編集]