池田政倫

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池田政倫
時代 江戸時代中期
生誕 享保2年(1717年
死没 安永4年8月9日1775年9月3日
改名 虎次郎、政倫
別名 主馬、修理(通称)
官位 従五位下筑後守
幕府 江戸幕府 旗本
主君 徳川吉宗家重家治
氏族 池田氏(長吉流)
父母 池田政相池田豊常
兄弟 政胤政倫、熊三郎、坪内定喜室、
町野清諱
大岡忠恒
池田長恵長恵
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池田 政倫(いけだ まさとも)は、江戸時代中期の旗本通称は主馬、修理官位従五位下筑後守

経歴[編集]

享保2年(1717年)、池田政相の次男として誕生。池田豊常末期養子となり、享保18年(1733年9月2日、遺領を継ぐ。翌享保19年(1734年9月29日、中奥番士に列し、寛保3年(1743年1月11日御徒頭となった。延享4年(1747年12月23日目付となり、宝暦6年(1756年9月15日堺奉行11月1日、従五位下筑後守となった。宝暦8年(1758年12月7日には大目付に就任した。

安永4年(1775年)8月9日、59歳で死去。池田政胤の娘を養女として、池田長恵に嫁がせ、跡を継がせた。

系譜[編集]

先代:
池田豊常
井原池田家(池田修理家)
5代
1733年 - 1775年
次代:
池田長恵