比企能達

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比企 能達(ひき よしさと、1893年9月22日 - 1968年10月17日)は、日本の医師。専門は、病理学及び 内科学医学博士

経歴[編集]

神奈川県 平塚市生まれ。 第二高等学校 (旧制)から東京帝国大学医学部卒業。1927年、同医学部病理学教室助手(教授緒方知三郎)。1932年、同医学部内科学教室副手(教授島薗順次郎)。1934年 東京大学 医学博士 論文の題は 「唾液腺の内分泌に就て : 唾液腺條紋部(streifenstuck)の構造竝に機能に就て」[1]。 1945年、日本大学医学部第一内科教授。1950年、同大学医学部長。1964年、国立がんセンター総長。1968年(昭和43年)逝去、享年75。勲一等瑞宝章。従三位。日本大学名誉教授。日本内科学会名誉会員。平塚市名誉市民。比企能樹慶應義塾大学医学部卒、北里大学名誉教授、慶應三田会会長、慶應交詢社理事、慶應義塾理事・評議員)は、長男。

日本医師会副会長、医療審議会会長、日本学術会議委員、日本アレルギー学会会長、日本臨床病理学会会長、日本医学会副会長などを歴任。

参考資料[編集]

  • 故比企能達先生追悼文集、日本大学医学部萩原内科学教室、1969

脚注[編集]

  1. ^ 博士論文書誌データベース

外部リンク[編集]