松山市立子規記念博物館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg 松山市立子規記念博物館
Matsuyama City Shiki Memorial Museum
Shiki Memorial Museum(Matsuyama City).JPG
正面。2008年9月撮影。
子規記念博物館の位置(松山市内)
子規記念博物館
子規記念博物館
松山市立子規記念博物館の位置
子規記念博物館の位置(愛媛県内)
子規記念博物館
子規記念博物館
松山市立子規記念博物館の位置
子規記念博物館の位置(日本内)
子規記念博物館
子規記念博物館
松山市立子規記念博物館の位置
施設情報
正式名称 松山市立子規記念博物館[1]
館長 竹田美喜(2007年~)
事業主体 松山市
管理運営 株式会社レスパスコーポレーション(指定管理者[2]
開館 1981年4月2日
所在地 790-0857
愛媛県松山市道後公園1-30
位置 北緯33度50分58.8秒
東経132度47分13.8秒
座標: 北緯33度50分58.8秒 東経132度47分13.8秒
公式サイト 松山市立子規記念博物館
プロジェクト:GLAM

松山市立子規記念博物館(まつやましりつしききねんはくぶつかん)は、俳人正岡子規を記念し1981年4月2日に開館した愛媛県松山市立の博物館。

概要[ソースを編集]

高度経済成長が終わりを告げた1970年代後半以降、松山市は成熟期を迎えていた。当時の市長の中村時雄もそれまでの工業化路線を変更し、文化施設の建設(ハコモノ行政)を推し進めた。そのような流れの中で、子規記念博物館も開館された[3]。なお子規記念博物館は、開館に助役として携わった小笠原臣也(後の広島県副知事呉市長)を介して、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の開館にも影響を与えた[4]

地階から4階まであり、2階の展示第1室には「道後・松山の歴史」「子規とその時代」、3階の展示第2室には「子規のめざした世界」をテーマとした展示がある。開館当時、隣接して愛媛県立道後動物園があったが、現在は道後公園となり、庭園だけでなく、湯築城史跡公園として整備されている。

2015年6月(開館から約34年2カ月)には来館者が累計450万人を突破した[5]

歴代館長[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ 松山市立子規記念博物館条例
  2. ^ 指定管理者制度導入施設一覧
  3. ^ 地方中核都市の政治: 愛媛県松山市の市政”. 2016年12月23日閲覧。
  4. ^ 大和ミュージアム設立を契機とする呉市周辺の観光変化”. 山本理佳. 国立歴史民俗博物館研究報告 第193集  (2015年2月). 2016年12月23日閲覧。
  5. ^ 松山・子規記念博物館、入館者450万人を突破”. 2016年12月23日閲覧。

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]