松原光二

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松原 光二まつばら こうじ1937年5月[1]- 没年不明[2])は、日本の元俳優東京都出身[1]。本名は、松原 光一[1]。旧芸名・松原 緑郎

来歴・人物[編集]

明治学院大学英文科を中退後、1959年に新東宝に入社[1]。松原緑郎の芸名で映画デビューする。新東宝では二枚目スターとして幾つか作品で主演を果たすも、1961年に新東宝は倒産。1962年に松竹に入社[1]し、松原光二に改名。その後フリー[1]となり、テレビに活躍の場を移す。

刑事ドラマ特別機動捜査隊』で共演した北原隆高島新太郎滝川潤とフォア・ジャスメンというユニットを結成しレコードデビューをしたこともあった。

テレビではレギュラーを数本持つなどしていたが、後年は悪役や端役が多くなり、役者の表舞台から姿を消した。

出演[編集]

映画[編集]

  • 太陽と血と砂(1960年、新東宝)
  • 高原の掠奪者(1960年、新東宝)
  • 社長野郎ども(1960年、新東宝)
  • 激闘の地平線(1960年、新東宝)
  • 桃色の超特急(1961年、新東宝)
  • 私は嘘を申しません(1961年、新東宝)
  • あいつばかりが何故もてる(1962年、松竹)
  • 不完全結婚(1962年、大蔵)
  • 昭和残侠伝 死んで貰います(1970年、東映
  • 不良番長 手八丁口八丁(1971年、東映)

テレビドラマ[編集]

  • 恐怖のミイラ(1961年、NTV) - 野々宮雄作
  • 忍者部隊月光(1966年、CX) - 幻仮面
  • 特別機動捜査隊(1966年 - 1971年、NET) - 松山刑事
  • プロフェッショナル(1969年 - 1970年、TBS) - 立花幸二
  • プレイガール12ch / 東映)
    • 第37話「裸の女王蜂」(1969年)
    • 第46話「銀嶺の対決」(1970年) - 清水
    • 第74話「愛されすぎて殺されて」(1970年) - 夏夫
    • 第77話「男と女の夜のお話」(1970年) - 松山
    • 第134話「東京が駄目なら京都の恋で」(1971年) - 田島
    • 第171話「勢揃いやわ肌仁義」(1972年) - 松木
    • 第190話「男泣かせの濡れた肌」(1972年) - 横地
    • 第248話「女の腹芸」(1973年) - 三井
    • 第251話「何で私を裸で殺すの!?」(1974年) - 山内隆史
    • 第267話「怪談 美女呪いの湖」(1974年) - 坂口良三
    • 第271話「浴槽の全裸死美人」(1974年) - 堂上
  • 鬼平犯科帳 第1シリーズ
    • 第26話「井筒屋おもん」(1970年、NET) - 宗次郎
  • 遠山の金さん捕物帳(NET)
    • 第15話「こんど殺される男」(1970年) - 与吉
    • 第49話「刺青を売る女」(1971年) - 源太
    • 第88話「月夜に浮かぶ男」(1972年) - 仙吉
    • 第161話「幽霊に取りつかれた男」(1973年) - 権九郎
  • 清水次郎長 第39話 「掟を破った男」(1972年、CX) - はえ縄の寅吉
  • さすらいの狼 第8話「木曽路に竜を狙う影」(1972年、NET)
  • 地獄の辰捕物控 第22話「千羽鶴に地獄を見た」(1973年、NET) - 青山新之助
  • 水戸黄門TBS / C.A.L
  • 大江戸捜査網(東京12チャンネル)
    • 第24話「殺人予告一番纏」(1971年) - 源次
    • 第107話「天狗の館が燃えた」(1973年) - 吉平
  • キイハンター(TBS)
    • 第229話「SOSよろめき宝石泥棒」(1972年)
    • 第255話「悪党三匹銀嶺を行く」(1973年) - 立石
  • アイフル大作戦(1973年、TBS)
    • 第20話「死体とチリ紙 交換しま〜す!?」
    • 第34話「接吻で始まった出来事」
    • 第41話「地震・雷・火事・亭主!日本沈没」
  • バーディー大作戦(1974年、TBS)
    • 第13話「俺たちはダーティ・ハリー3」
    • 第15話「北極へ向かって大追跡!」 - 滝口
    • 第32話「オスがメスを殺す瞬間!」 - 水原弘一
  • 右門捕物帖 第22話「くちなしの花」(1974年、NET)
  • 太陽にほえろ! 第147話「追跡! 拳銃市場」(1975年、NTV) - 拳銃密造組織幹部
  • 新宿警察 第26話「長くて暑い日曜日」(1975年、CX) 

CM[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 「福島民報」 1969年9月1日。
  2. ^ “Twitter”. Twitter. (2019年2月4日). https://twitter.com/TOKEIWOTOMETE/status/1092003870924955648 2019年2月4日閲覧。