松下笑一

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松下 笑一(まつした しょういち、1973年9月11日 - )は、日本お笑いタレント。本名、松下 誠一(まつした せいいち)。

福岡県出身。吉本興業所属。かつては、吉本新喜劇に所属していた。その後よしもとクリエイティブ・エージェンシー福岡事務所に復帰したが、2008年4月によしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本部に移籍した。旧名・ゴルゴ松下松上男吾

経歴[編集]

1992年、吉本興業福岡事務所から、お笑いタレント、ゴルゴ松下としてデビュー。大阪の吉本新喜劇入団前は、10年以上福岡吉本に所属していた。福岡時代はテレビにも出演していたが、芸人としての活動よりも、むしろアート引越センターでのバイトの方に力を注いでいたそうである(本人もそれをネタにしていた)。 2005年吉本新喜劇によって行われた「金の卵オーディション」を通過して正式入団、福岡吉本から大阪【吉本新喜劇】へ移籍する。 一時家庭事情により帰福。同時に福岡吉本に復帰。その後2007年東京吉本に移籍する。

芸名は数度変えている。元々はゴルゴ松下を名乗っていたが、90年代後半に東京でTIMがブレイクしたため、「ゴルゴ松本のパクリである」との誤解を招く可能性があることから松上男吾に改名。 大阪移籍以来名乗っている現在の笑一は、プロレスリング・ノア社長の三沢光晴が命名した。

2007年より、よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本部に在籍。 2013年、吉本興業「あなたの街に住みますプロジェクト」2代目「神奈川住みます芸人」に就任。「茅ヶ崎市観光協会51周年親善大使」に就任。

持ちギャグ[編集]

福岡吉本時代のギャグ。住谷正樹の「フー」のようなポーズで叫ぶ。

エピソード[編集]

  • 仲間意識が非常に強い好人物として福岡吉本では通っていた。2006年に先輩の博多華丸R-1ぐらんぷりで優勝した際、大阪にいた松下は華丸大吉の二人に電話をかけ、涙を流して自分のことの様に喜んだと言う。二人も「大阪のゴルゴ(松下)が自分のことみたいに喜んでくれてありがたい」と語っている。[1]
  • 福岡吉本の先輩である博多大吉の弟子。(前述の三沢光晴から芸名をもらったのも、大吉の手引きによるもの)

バルーンアート[編集]

  • 2003年頃、バルーンアートが出来れば仕事が増えるのではと思いすぐにバルーンを購入。簡単に犬を作ることが出来たことからバルーンアートを開始する。その後大道芸を研究、落語のネタや笑いのネタをバルーンパフォーマンスに混ぜ、何度も試行錯誤を重ね、バルーンを使い笑いを誘う「風船漫談パフォーマンス」を確立したという。[2]
  • どんなものでもバルーンアートで作ることができるが、時間がかかる。そのため、自宅で作って持っていくことも多いが、東京で営業のとき、福岡で作ったバルーン作品を飛行機には乗せられないということになり、福岡の空港ですべて壊し、到着した羽田空港の隅で二時間かけて作り直したことがある。
  • 2011年10月より、吉本の同期、先輩、後輩芸人等からなるバルーンアートのサークル「吉本風船クラブ」を立ち上げ、風船指導を始める。指導開始以降、バルーンアート全国大会にて受賞するメンバーも多数誕生している。[3]
  • バルーンアート全国大会「ツイスターズ2009in所沢」3on3部門にてチーム優勝。[4]
  • ツイスターズ2017in茨城パフォーマンス部門にて優勝。[5]

脚注[編集]

  1. ^ ||| 博多華丸・大吉私信電心 |||2006.2.21
  2. ^ 松下笑一公式ホームページプロフィール
  3. ^ 松下笑一公式ホームページプロフィール
  4. ^ 松下笑一公式ホームページプロフィール
  5. ^ 松下笑一公式ホームページプロフィール

外部リンク[編集]