新仏教運動
新仏教運動(しんぶっきょううんどう、英語: Dalit Buddhist movement,neo-Buddhist movement)は、近代・現代のインドにおいて主に支配的なヒンドゥー教に対抗し、仏教を再興しようとする動きを指す。仏教復興運動、仏教再興運動ともいう。これ以前のインドにおける仏教の推移については、インドの仏教を参照のこと。 明確なアンベードカル主義者は、この運動をナヴァヤーナ(नवयान Navayāna「新しい乗り物」)と呼ぶ[1]。
概要[編集]
アンベードカルの運動[編集]
19世紀からアナガーリカ・ダルマパーラ(en)ら大菩薩会(en、マハー・ボーディ・ソサエティ、1891年創設)によるスリランカからの仏教再移入の動きがあったが、特にインド独立後の1956年10月14日、カースト制度に苦しんでいたダリット(不可触民)の指導者、ビームラーオ・アンベードカル(初代インド法務大臣、インド憲法(en)の起草者)が三宝・五戒を授けられ、彼を先頭に約50万人のダリットが仏教に改宗したことで、仏教がインドにおいて一定の社会的勢力として復活した。アンベードカルが改宗したマハーラーシュトラ州ナーグプールのディークシャーブーミには現在、これを記念するストゥーパが建立されている。なおアンベードカル自身は改宗のわずか2か月後に仏教に関する著書『ブッダとそのダンマ』を遺し急逝している。
ダリットを基盤として復活したインドの仏教はアンベードカルの独自のパーリ仏典研究の結果として「ブッダは輪廻転生を否定した」という見解を得たとする仏教理解に立脚しており、仏教の基本教理とされる輪廻による因果応報をカースト差別との関連から拒否するなど、その合理主義的な教義がダリットらの人権・解放運動、社会運動の一環に過ぎないと指摘される側面もある。このように輪廻否定を積極的に主張する仏教徒グループを、断見派と呼ぶ。
近年の状況[編集]
この動きに対してブッダをヴィシュヌ神の化身と位置づけるヒンドゥー教徒やカースト制度の恩恵を受ける上位カースト層から偏見や反発が生じている。イスラーム教徒の弾圧でインドから仏教が消滅したため置き去りにされていた仏教の聖地や寺院の多くは、現在はヴィシュヌ神(の化身の一つとしての釈迦、ヒンドゥー教における釈迦も参照)を祭る場としてヒンドゥー教徒が管理している。これらの聖地の仏教徒への返還、なかでもビハール州ブッダガヤにある大菩薩寺の返還も政治問題化している。またウッタル・プラデーシュ州に勢力を持つ大衆社会党(ダリットを基盤とする政党)にも影響力を有する。
インド政府の宗教統計によれば、インドでの仏教徒の割合は2001年には総人口の0.8%である[2]。一方で、インド仏教徒の指導者である佐々井秀嶺らは、インドの仏教徒はすでに1億人を超えていると主張している[3]。他に信徒の実数を2000万人とする推計もある[4]。上記のとおり、新仏教の担い手となっているのは主にカースト外の不可触民出身者であるが、カースト制度の後進性を批判する一部の進歩主義的な上位カースト出身者にも信徒を広げている。
アンベードカルの22の誓い[編集]
叙任式の後、彼は彼の支持者らにダンマ・ディクシャを与えた。この式典には三宝と五戒に続いて全ての新しい改宗者達に与えられた22の誓いが含まれた。1956年10月16日、チャンダ(チャンドラプル)にて別の大規模な改宗式を執り行った。彼は22の誓いを支持者たちに規定した。
- 私はブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの信仰を持たず、それらを崇めない。
- 私は神の化身と信じられているラーマやクリシュナの信仰を持たず、それらを崇めない。
- 私はガウリー、ガネーシャその他ヒンドゥーの神々や女神の信仰を持たず、それらを崇めない。
- 私は神の化身を信じない。
- 私はブッダがヴィシュヌの化身だと信じない。私はこれを狂気の沙汰であり、偽りのプロパガンダであると信じる。
- 私はシュラッダー(信仰)を行わない。ピンダ(供え物の団子)を捧げることもしない。
- 私はブッダの(教えた)正しい道と教えにもとる行いをしない。
- 私はバラモンが執り行うどんな祭典も許可しない。
- 私は人の平等さを信じる。
- 私は平等を確立するために励む。
- 私はブッダの八正道に従う。
- 私はブッダが定めた十波羅蜜に従う。
- 私は全ての生き物に思いやりと親愛の情を抱き、かれらを保護する。
- 私は盗みをしない。
- 私は嘘をつかない。
- 私は姦淫の罪を犯さない。
- 私は酒やドラッグのような酩酊させるものを摂取しない。
- 私は日常生活において、つねに八正道に従い、思いやりと親愛の情を実践するために励む。
- 私はヒンドゥー教を捨てる。それは不平等を基礎とするが故に人類にとって有害であり、人類の進歩と前進を妨げる。そして私は仏教を自己の宗教として採択する。
- 私はブッダの法(ダンマ)こそが唯一つの真の宗教であると固く信じる。
- 私は、「新しい生まれ (new birth)」を獲得したと信じる。
- 私は今後、我が人生をブッダとダンマの原理と教えに依って導いていくことを固くかつ厳粛に宣言する。
今日では多くのアンベードカル系団体がこの22の誓い(22のプラティギャ)のために働いている。彼らはこれらの誓いのみが、現在の仏教の存続と急速な成長を招きうると信じている。「22誓約の実践と普及運動」としても知られる The umbrella organization はこの目的のために十二分に献身している。この全く非政治的な運動は、アルヴィンド・ソンタッケの発明品であり、インド中の地帯と地域の団体を含む500万人のボランティア(プラチャラク)で構成されている。
「新仏教」との呼び名について[編集]
佐々井秀嶺は「新仏教」との呼び名は「アーンベードカル博士以前の仏教と私達を意図的に区別し“元不可触民”のレッテルを貼るもの」「ハリジャンにも等しい呼び方」「同じ人間同士に、新も旧もありません」[5]として間違っていると主張し、仏教復興運動 を称している。このように立場によって呼び名が変わる用語であるので、注意が必要である。
特徴的な解釈[編集]
米国出身でインドに帰化した社会学者、人権活動家であるGail Omvedt博士は以下のように述べている。
アンベードカルの復興運動による仏教徒のほとんどは、上座部仏教をベースに、大乗仏教や密教の影響を受けた折衷主義的な仏教を信奉している。 かれらは多くの点で、独自の仏教解釈を行っている。特筆すべきは、彼らが釈迦牟尼仏を単なる宗教的指導者ではなく、政治的かつ社会的改革者として強調することである。かれらは次のようなことに言及する。すなわち、ブッダが僧団内でのカーストを無視するように命じたこと、そして当時の社会的不平等について批判していることである。アンベードカルによれば、個人の不幸な境遇は、カルマの結果、あるいは無知(ignorance)と執着(craving)のせいだけではなく、「社会的な搾取と物質的貧困」つまり他者による無慈悲な行為による結果でもある[7]。
脚注[編集]
- ^ Omvedt, Gail. Buddhism in India : Challenging Brahmanism and Caste. 3rd ed. London/New Delhi/Thousand Oaks: Sage, 2003. pages: 2, 3–7, 8, 14–15, 19, 240, 266, 271
- ^ インド政府による統計
- ^ 佐々井2010、178頁。
- ^ 山下明子「インドの宗教・社会統合・ジェンダー――ダリット女性の解放運動の視座から」(秋山書店『現代宗教2009 特集 変革期のアジアと宗教』231p)
- ^ 佐々井2010、83頁。
- ^ Omvedt, Gail. Buddhism in India : Challenging Brahmanism and Caste, 3rd ed. London/New Delhi/Thousand Oaks: Sage, 2003. pages: 8
- ^ Queen, Christopher S. and Sallie B. King: Engaged Buddhism: Buddhist Liberation Movements in Asia: NY 1996: 47ff. u.A.
参考文献[編集]
- 『必生 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010年、ISBN 978-4087205619)
関連項目[編集]
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