抗NMDA受容体抗体脳炎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

抗NMDA受容体抗体脳炎(こう - じゅようたいこうたいのうえん、: Anti-NMDA receptor encephalitis)とは、の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体、NMDA型グルタミン酸受容体自己抗体ができることによる急性型の脳炎である[1]。致死的な疾患である一方、治療により高率での回復も見込める疾患である。卵巣奇形腫などに関連して発生する腫瘍随伴症候群と考えられているが、腫瘍を随伴しない疾患も多数存在している。2007年1月ペンシルバニア大学のDalmau教授らによって提唱された[2]。ある日から突然、鏡を見て不気味に笑うなどの精神症状を示しだし、その後、数か月にわたり昏睡し、軽快することが自然転機でもあるため、過去に悪魔憑きとされたものがこの疾患であった可能性が指摘されており[3]、映画「エクソシスト」の原作モデルになった少年の臨床像は抗NMDA受容体抗体脳炎の症状そのものと指摘されている[4]。また、興奮、幻覚、妄想などいわゆる統合失調症様症状が急速に出現するのが本疾患の特徴であるため、統合失調症との鑑別も重要である[5]

発生率と疫学[編集]

全体的な発生率は不明であるが、未知の病因とされている脳炎の1%程度含まれると推定されている[6]2007年にこの疾患概念が確立するまでに日本で「若年女性に好発する急性非ヘルペス性脳炎」として報告された一群の多くは抗NMDA受容体抗体脳炎と同一のものであったと判明している[7]ランセットの100例を検討した記事によると、100人の患者のうち91が女性であり、平均年齢は23歳(5-76の範囲)であった。腫瘍学的スクリーニングを受けた98人の患者のうち58人は腫瘍を持っており、主に卵巣奇形腫であった。577人の患者を評価したより大規模な研究では、394人の患者 (79%) は24ヵ月で良好な転帰を有することを示し、30人の患者 (6%) が死亡し、残り患者は軽度~重度の障害が残った[8]

徴候と症状[編集]

患者によって違いがあるが、症状の出方には一定の順序に従う傾向にある[9]

  1. 前駆症状として非特異的なウイルス様症状(発熱、頭痛など)がある。
  2. 精神障害、統合失調症に似た症状(幻覚、自殺念慮)を生じる
  3. 記憶障害、特に前向性健忘
  4. ジスキネジア(特に口腔顔面)と発作。
  5. 低いグラスゴー・コマ・スケール (GCS)。
  6. 低換気 / 呼吸抑制。
  7. 自律神経障害

発病機序[編集]

すべての患者を説明する説ではないが、ランセットの調査で、腫瘍学的スクリーニングを受けた98人の患者のうち58人は腫瘍を持っており、主に卵巣奇形腫であった。このことから抗NMDA受容体抗体脳炎には奇形腫との高い合併率が見られる。奇形腫は内胚葉、中胚葉、外胚葉すべてを含む腫瘍であり、それにより髪の毛や骨などが含まれることが多い。この奇形腫の中に脳組織が含まれた場合、脳組織に対する抗体が生じ、抗NMDN抗体脳炎が発症するものと考えられる。そのため、治療には奇形腫がある場合はそれが抗体産生の源となっているため、奇形腫の外科的切除をまず行う。

病態生理[編集]

脳脊髄液 (CSF) 中の抗体の存在[編集]

自己抗体が脳内のNMDA型グルタミン酸受容体を攻撃することにより起こる。病気の正確な病態生理はいまだ議論されているが、脳脊髄液 (CSF) 中に抗NMDA抗体をみとめる。

  1. 血液脳関門 (BBB) は通常循環系から中枢神経系を分離し、脳に大きな分子が侵入することを防止する。このバリアは神経系の急性炎症により崩壊し、また副腎皮質刺激ホルモンを放出する肥満細胞の急性ストレスではその透過性が亢進することが知られている[10]
  2. DalmauらはCSF中の抗体濃度が高い一方で、58人の患者のうち53人は、少なくとも部分的にBBBを保存していたことを明らかにした。このことは抗体の髄腔内生産の可能性を示唆している。

NMDA受容体への抗体の結合[編集]

抗体はCSFに侵入すると、NMDA受容体のNR1サブユニットに結合する。神経障害がおこるメカニズムとして下記の3つのものが考えられている。

  1. 抗体が結合することにより受容体数の減少[11]
  2. 薬理作用として直接的な拮抗作用による。
  3. 補体の古典経路により生じた膜侵襲複合体 (MAC) により細胞が融解する。

管理と予後[編集]

患者に腫瘍が発見された場合(腫瘍随伴症候群の場合)は長期予後は一般に良好であり、再発の可能性が低い。腫瘍を外科的に除去することにより自己抗体の供給源を根絶することができるからである。同様に早期診断、治療は患者の転帰を有意に改善することが近年示されている。大多数の患者が初発症状として精神症状を呈し精神科を受診しているため、すべての医師(特に精神科医)は思春期における急性精神病の原因として抗NMDA受容体脳炎を検討することが重要である。

関連[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Dalmau, Josep; Gleichman, Amy J; Hughes, Ethan G; Rossi, Jeffrey E; Peng, Xiaoyu; Lai, Meizan; Dessain, Scott K; Rosenfeld, Myrna R et al. (2008). “Anti-NMDA-receptor encephalitis: Case series and analysis of the effects of antibodies”. The Lancet Neurology 7 (12): 1091–8. doi:10.1016/S1474-4422(08)70224-2. PMC 2607118. PMID 18851928. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=2607118. 
  2. ^ 北里大学医学部神経内科 - 自己免疫性脳炎
  3. ^ 「In search of lost time from "Demonic Possession" to anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis」Annals of Neurology, 2010 Jan; 67(1):141-2; author reply 142-3. doi: 10.1002/ana.21928.
  4. ^ 「抗NMDA受容体脳炎の最近の動向」亀井 聡 日本大学医学部 内科学系 神経内科学分野 主任教授 SAKURA 東京集会 2012 | 2012/11/23
  5. ^ 「抗 NMDA 受容体抗体脳炎の臨床と病態」臨床神経, 49:774―778, 2009
  6. ^ Pruss, H.; Dalmau, J.; Harms, L.; Höltje, M.; Ahnert-Hilger, G.; Borowski, K.; Stoecker, W.; Wandinger, K. P. (2010). “Retrospective analysis of NMDA receptor antibodies in encephalitis of unknown origin”. Neurology 75 (19): 1735–9. doi:10.1212/WNL.0b013e3181fc2a06. PMID 21060097. 
  7. ^ Kamei S, Kuzuhara S, Ishihara M, et al. Nationwide survey of acute juvenile female non-herpetic encephalitis in Japan: Relationship to anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis. Int Med 2009;48:673-679.
  8. ^ Titulaer, Maarten J; McCracken, Lindsey; Gabilondo, Iñigo; Armangué, Thaís; Glaser, Carol; Iizuka, Takahiro; Honig, Lawrence S; Benseler, Susanne M et al. (2013). “Treatment and prognostic factors for long-term outcome in patients with anti-NMDA receptor encephalitis: An observational cohort study”. The Lancet Neurology 12 (2): 157–65. doi:10.1016/S1474-4422(12)70310-1. PMC 3563251. PMID 23290630. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=3563251. 
  9. ^ Gable, M. S.; Gavali, S.; Radner, A.; Tilley, D. H.; Lee, B.; Dyner, L.; Collins, A.; Dengel, A. et al. (2009). “Anti-NMDA receptor encephalitis: Report of ten cases and comparison with viral encephalitis”. European Journal of Clinical Microbiology & Infectious Diseases 28 (12): 1421–9. doi:10.1007/s10096-009-0799-0. PMC 2773839. PMID 19718525. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=2773839. 
  10. ^ Rabchevsky, Alexander G.; Degos, Jean-Denis; Dreyfus, Patrick A. (1999). “Peripheral injections of Freund's adjuvant in mice provoke leakage of serum proteins through the blood–brain barrier without inducing reactive gliosis”. Brain Research 832 (1–2): 84–96. doi:10.1016/S0006-8993(99)01479-1. PMID 10375654. 
  11. ^ Hughes, E. G.; Peng, X.; Gleichman, A. J.; Lai, M.; Zhou, L.; Tsou, R.; Parsons, T. D.; Lynch, D. R. et al. (2010). “Cellular and Synaptic Mechanisms of Anti-NMDA Receptor Encephalitis”. Journal of Neuroscience 30 (17): 5866–75. doi:10.1523/JNEUROSCI.0167-10.2010. PMC 2868315. PMID 20427647. http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?tool=pmcentrez&artid=2868315. 
  12. ^ Liba, Zuzana; Sebronova, Vera; Komarek, Vladimir; Sediva, Anna; Sedlacek, Petr (2013). “Prevalence and treatment of anti-NMDA receptor encephalitis”. The Lancet Neurology 12 (5): 424. doi:10.1016/S1474-4422(13)70070-X. PMID 23602155.