血液脳関門

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ラットの血液脳関門の電子顕微鏡画像

血液脳関門(けつえきのうかんもん、英語: blood-brain barrier, BBB)とは、血液(そして脊髄を含む中枢神経系)の組織液との間の物質交換を制限する機構である。これは実質的に「血液と脳脊髄液との間の物質交換を制限する機構」=血液脳髄液関門 (blood-CSF barrier, BCSFB) でもあることになる。ただし、血液脳関門は脳室周囲器官松果体脳下垂体、最後野など)には存在しない[1]。これは、これらの組織が分泌するホルモンなどの物質を全身に運ぶ必要があるためである。

歴史[編集]

最初に血液脳関門の存在を示唆した実験は17世紀、イギリスの生理学者であるHumphrey Ridleyによって行われた。彼は動物に静注した水銀が脳内に蓄積されないことを脳血管の密着性が他の血管と大きくことなるからと考えた[2]。かつては19世紀後半にドイツの細菌学者のパウル・エールリッヒが血液脳関門の概念の創始者とされていた[3]。彼はウサギの血管にアニリンを注射すると、多くの臓器の組織は染色されるが中枢神経だけは染色されないことに気がついた。パウル・エールリッヒは自身の論文では脳組織が染色色素を吸着する成分をもたないため染色されなかったと解釈した。そのため、パウル・エールリッヒはむしろ血液脳関門の存在に否定的であったと解釈できる。パウル・エールリッヒの弟子であるエドウィン・ゴールドマンはトリパンブルーを脳室に投与すると中枢神経は染まるが他の末梢の臓器がそまらないことを見出した[4]。このとき両者との境界には膜のようなものは発見されず、血管がその役割を担っているものと推測された。他にも複数の科学者らによる一連の実験から血液脳関門の概念が作られたと考えられる[5]

最終的に、単糖類、アミノ酸などの生体分子、そして酵素などの生体高分子の脳内での透過性を明らかにされ、血液脳関門の概念が確立したのは1960年代以降、電子顕微鏡を用いて脳内の各分子の移行を形態的に観察した研究がもとになっている。その後、血液脳関門は単なる障壁ではなく、脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産出された不要な物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新しい概念に変わっている[6]

構造[編集]

BBBは脳の微小血管に局在し3種類の細胞と2種類の基底膜から構成される[7]。またBBBが存在しない部位として脳室周囲器官が知られている。

内皮細胞

BBBの最内層に位置し、脳にあって常時血液成分と直接的な接触をもつ唯一の細胞である。BNBを構成する微小血管内皮細胞と同様に4つの特徴が知られている。まず無窓である。そしてピノサイトーシスが極めて少ない、隣接する内皮細胞間で高度に複雑で連続性のあるタイトジャンクションをもつ。また各種トランスポーター、レセプターを発現し、特有の物質輸送系をもつ。無窓であり、ピノサイトーシスが少ないことから経細胞経路が制限され、タイトジャンクションにより傍細胞経路が制限されている。

周皮細胞(ペリサイト)

内皮細胞に接してすぐ外側の1枚の基底膜を介して位置する不整形、多角形の細胞である。内皮細胞周皮細胞は共通の基底膜で覆われる。

基底膜

内皮細胞と周皮細胞は1枚の基底膜で覆われており、この1枚目の基底膜の外側にはグリア限界膜とよばれる第二の基底膜が存在する。この2枚の基底膜は構成分子が異なっているが毛細血管レベルでは2枚が融合して一続きのgliovascular membraneを形成している。後毛細血管細静脈のレベルになるとこの2枚は分離し、その間隙には脳脊髄液が灌流して血管周囲腔となる。

星状膠細胞

グリア限界膜の外側に接して星状膠細胞の足突起がならぶ。

脳室周囲器官

脳室周囲器官は血液脳関門が存在しないことから、その中の細胞は様々な生体物質の変化や侵入に直接暴露されているため「脳の窓」と呼ばれている。主要な構造器官には脳弓下器官(subformical organ)、交連下器官(subcommissural organ)、松果体(pineal body)、最後野(area postrema)、正中隆起(median eminence)、神経下垂体(neurohypophysis)、血管器官(organum vasculosum)があげられる。脳室周囲器官は自ら分泌するホルモンなどの物質を全身に運ぶ必要があるため脳室周囲器官では血液脳関門が発達していない。脳室周囲器官は血管に富み、脳内への選択的物質輸送を担う有窓性毛細血管が密集するとともに脳室側から脳膜側に長い突起を伸ばした特殊な上衣細胞がある。

機能分子[編集]

タイトジャンクション構成分子

BBBのタイトジャンクションを構成する分子で最も深く関与するのがクローディン-5とオクルディンである。クローディン-5に加えて、クローディン-1、クローディン-3およびクローディン-12の発現が脳毛細血管内皮細胞で確認されている[8][9]。トリセルラージャンクションの構成成分であるアンギュリンやトリセルリンも関与している[10][11]。クローディン-1タンパク質の存在は、特定の抗体がクローディン-1とクローディン-3との交差反応性を示すことがあるため、論争されている[8][12]

脳毛細血管のクローディン-5 mRNAレベルは、クローディン-1、クローディン-3またはクローディン-12 mRNAと比較して600〜700倍高い[13][14][15]。クローディン5ノックアウトマウスはBBBが破綻して脳血管の透過性が著しく亢進し、生後1日以内に致死となる[11]。クローディン5ノックアウトマウスにおいてGd-DTPA(742D)はBBBを通過するがマイクロペルオキシターゼ(~1.9kD)は透過しない。この結果からノックアウトマウスのBBBは少なくとも約800D以下の分子は通過しその破綻は分子量選択的である。これらの実験結果からクローディン-5はBBB機能に不可欠な分子でありその発現量がBBBのバリアー強度を決定するというのが定説となっている。その一方でクローディン-5は脳に限らず心筋、骨格筋、肺など様々な臓器の血管内皮に発現している[16][17]が脳以外の臓器では血液脳関門ほどのバリアー機能は認められない。オクルディンはそのリン酸化によってバリアー機能をきめ細かく調節しているものと考えられている。

脳血管内皮細胞にはトリセルリンやLSRなどトリセルラータイトジャンクション関連の蛋白質も発現している。トリセルラータイトジャンクションは傍細胞経路の高分子通過に重要な役割を担う[18]がBBBでの役割に関してはまだわかっていない[8]。LSRノックアウトマウスは胎児死する。E14.5のLSRノックアウトマウスでは446Daは通過するが67kDa(アルブミン)は通過しない[19]

トランスポーター

内皮細胞に存在するトランスポーターには有用物質を取り込むinflux transporterと不要物質と有害物質を血管速へ排除するefflux transporterの2種類がある。

細胞接着分子

単核球が中枢神経実質へ移行するためにはrolling、adhesion、crawling、migrationという4つの連続するプロセスが必要であり、それぞれの過程で固有の分子が関与する。

生理機能[編集]

脳実質へ薬物を送達するためには血液脳関門は障壁であるが、中枢神経系にとってはその機能維持に不可欠な防護壁である。そして脳が正常に発達し機能するためには脳微小血管(脳毛細血管)を通過しなければならない多くの物質がある。これらの物質の血液脳関門の通過は3つの様式がある。それは脂溶性物質の拡散、特定の水溶性物質の促進輸送やエネルギー依存性の受容体介在輸送、イオンチャネルである。血液脳関門は神経組織維持のために必要な糖質・アミノ酸・脂質等を各種特異的なSLC(solute carrier)トランスポーターによって選択的に透過させ、そして神経伝達に適した環境を維持するため、プロトン、カリウムなどのイオンチャネル・トランスポーターで制御すると同時に各神経伝達物質を各特異的なSLCトランスポーターで脳実質より血流側へ排出している。また神経組織への障害性がある血中のアルブミンや凝血成分の流入を制限すると同時に、低分子の有機化合物については薬物排出トランスポーターとしてよくしられているABC(ATP Binding Cassette)トランスポーターで脳実質より排出することで神経組織を保護している。

輸送経路[編集]

脂溶性物質の拡散

脳は広大な表面積(灰白質では180cm2/g)をもつ血管内皮細胞の細胞膜によって血液と隔てられている。膜上では酸素や二酸化炭素など脂溶性の気体の効率的な交換が可能であるため、これらの気体の交換は血管の表面積と脳血流量のみに限定される。一方、マンニトールなど脂溶性の低い物質は脳血管が透過することができない。多くの物質の血液脳関門透過係数は油水分分配係数によって表される脂溶性と直接比例する。透過性と脂溶性の関係についての例としてニコチンヘロインなど向精神薬の相対乱用性とそれらの脂溶性との相関があげられる。薬物の脂溶性が高いと脳への輸送も増加する。しかし、さらに高度な脂溶性を示す薬物は血液にほとんど溶けず、血清アルブミンと結合するため、脳への輸送は減少する。また血管内皮細胞には選択的な輸送や透過性を調節する酵素系が存在するため、脂溶性はグルコースビンカアルカロイドなど親水性物質の透過性の正確な指標とはならない。

促進輸送とエネルギー依存性輸送

血液脳関門を通過する物質の多くは脂溶性ではないため、特異的な輸送系によって脳を出入りする。脳はほとんどグルコースのみをエネルギー源としているため、血管内皮細胞にはヘキソース輸送体(グルコーストランスポーター)のGLUT-1が豊富に存在する。GLUT-1は他の輸送体と同様に12個の膜貫通領域で構成されており、促進性、飽和性、立体構造特異性を示す輸送体として、血管内皮細胞膜の管腔側と反管腔側の両面で機能する。しかしエネルギー依存性ではないため、濃度勾配に逆らって糖を輸送することは不可能である。実際、糖の正味の流入は血中糖濃度の方が高いことにより生じる。血液脳関門の内皮細胞に入った99%以上の糖は透過して神経細胞やグリア細胞に利用される。

Β-ヒドロキシ酪酸などのモノカルボン酸は、新生児での初期発達中の脳や、成熟した動物での飢餓応答の際の主要なエネルギー源である。これらの酸はモノカルボン酸輸送体によって血管内皮細胞を通過する。

アミノ酸は主に3つの担体系によって血管内皮を通過する。これらの系(L、A、ASC)は輸送様式や輸送機構、アミノ酸類似体に対する特異性などの違いによって分類されている。L系はロイシンやバリンなど分枝鎖や環状鎖をもつ大きな中性アミノ酸を主に輸送する。このNa+非依存性の促進輸送系は、内皮細胞膜の管腔側と反管腔側に存在する。この輸送体はパーキンソン病治療薬のL-DOPAの輸送も担う。A系はグリシンやアラニン、セリンなどの単直鎖または極性の側鎖をもつ中性アミノ酸を主に輸送する。L系と異なりこの担体はNa依存性を示す。ATPを用いるイオンポンプであるNa+/K+-ATPアーゼによって維持されるNa+勾配と共役してアミノ酸輸送を行う。ASC系もまたエネルギー依存性、Na+依存性輸送体であり、アラニン、セリン、システインを主に認識する。A系とASC系は脳血管内皮細胞の反管腔側表面で機能している。このような局在のため、これらの担体は小さな中性アミノ酸を濃度勾配に逆らって脳の外部へ輸送するおもな手段になっている。

もう1つの輸送体は多くの細胞種で発現する膜タンパク質ファミリーであるABCトランスポーターである。このファミリーの最初の輸送体は湯様細胞の多剤耐性をもたらすことから同定された。多くの薬物の細胞への輸送を制限する。MDR輸送体は脳血管内皮には発現しているが、他の組織の血管内皮には発現していない。

イオンチャネルとイオン交換輸送体

電解質は特異的なイオンチャネルとイオン輸送体によって血液脳関門を通過する。

血液脳関門以外からの脳実質への浸透性の制御[編集]

脳実質への物質透過・排出は血液脳関門経由に限定されているわけではない。血液から脳実質内へのアクセスは血液脳関門の他に血液脳脊髄液関門(BCSFB)がある。血液脳脊髄液関門は脳室と脳実質を分ける上衣細胞での関門性をさす。上衣細胞で形成される脈絡叢は高い水・イオン透過性を持ち、血液脳関門よりもはるかに高い効率で血中水分・イオンを吸収し、脳室を満たしている脳脊髄液を形成する。脳脊髄液は脳実質中の組織液の循環に取り込まれるとされていえるが脳実質全体の組織液の構成に寄与する血液脳脊髄液関門由来の脳脊髄液の比率は明らかではない。また脳血管の表面積比では血液脳関門:血液脳脊髄液関門=5,000:1であり血液脳関門を透過しての脳実質へのアクセスの方が距離的にも有利であるため、血中から脳実質への導入に血液脳関門よりも血液脳脊髄液関門の方が有効であるとは考えにくい[20]。また血液脳関門を構成する脳毛細血管は脳内を網目状に巡っていることから、血液脳関門を透過した薬物は脳神経細胞に到達しやすい。

一方、血液脳脊髄液関門を構成する脈絡叢を透過した薬物は脳脊髄液中に移行したのち、脳脊髄液とともに静脈へ移行する。標的部位の脳実質細胞へ到達するには、静脈へ移行する前に細胞間液中を拡散する必要がある。脳脊髄液から遠い部位への移行は著しく制限を受けるため分子量の大きい高分子医薬品核酸医薬品は脳脊髄液から脳内の神経細胞へ拡散で移行することは期待しにくい[21]

代謝性血液脳関門[編集]

血管内皮細胞内の酵素系は代謝性血液脳関門を形成する。特によく研究されているのがL-DOPAに対する関門である。血中のL-DOPAはL系アミノ酸輸送体により脳血管内皮細胞内へ移行する。血管内皮細胞内に多く存在するドパミンデカルボキシラーゼはL-DOPAを代謝することで脳内への移行を阻害する。そのためパーキンソン病の治療ではL-DOPAと同時にドパミンデカルボキシラーゼ阻害薬を併用することで効果を高めている。カテコールアミンなどの他の血中アミンは脳血管内皮細胞のモノアミンオキシダーゼにより不活化される。また別の関門酵素であるγ-グルタミルトランスフェラーゼはグルタチオン結合物質や血管作動性ロイコトリエンなどを無毒化している。

病理学的変化[編集]

様々な病的状態で血液脳関門の機能変化が起こる。

脳腫瘍[編集]

多くの脳腫瘍、特に悪性のものは血液脳関門をほとんど有さない毛細血管が認められる。この毛細血管は特に透過性が高く、正常の血液脳関門のような特別な輸送形態をとっていない。異常な透過性により、一般に脳腫瘍では血管性浮腫が認められる。これはアストロサイト毛細血管との正常な相互作用がなくなるため、または腫瘍細胞から分泌される増殖因子サイトカインのためと考えられる。

髄膜炎[編集]

髄膜炎でも血液脳関門は変化する。血液脳関門は通常はペニシリンなどの抗菌薬を透過させない。細菌性髄膜炎や膿瘍、またそれらに付随する炎症反応は血液脳関門を部分的に破壊する。この反応は血管作動性エイコサノイド(腫瘍壊死因子、インターロイキン、単球走化性因子1などの炎症性サイトカイン)や、毛細血管の基底膜を分解するマトリックスメタロプロテアーゼによって起こる。血液脳関門の機能不全により髄膜炎の副作用として多くの神経学的影響が生じるが同時に正常な血液脳関門を通過することができない抗菌薬の輸送も促進される。

先天性異常[編集]

正常な脳発達や脳機能には血液脳関門の解剖学的・生化学的性質や輸送機能の特性が密接に関わっているため、脳血管内皮差細胞タンパク質をコードする遺伝子の変異によって、遺伝性の脳疾患が引き起こされる。血液脳関門による輸送が原因となる疾患として最初に認識されたものとしてはglut1遺伝子の変異によってハプロ不全が生じて起こる血管内皮細胞のグルコース輸送不全がある。このGlut1欠損症候群の患者は正常にうまれるが、すぐにてんかん発作や脳発達の欠如、精神遅滞などを呈する。脳脊髄液中のグルコースは大幅に減少する。

神経変性疾患[編集]

神経変性疾患は血液脳関門機能の破綻と関連している。特に認知症の場合は血液脳関門の機能低下が神経病態の進行とともに疾患の悪化に寄与する。その代表例はアルツハイマー病である。アルツハイマー病の最大のリスク因子は老化であり、血液脳関門機能も老化に伴い変化する。形態的には脳微小血管内皮細胞(BMEC)の厚さの減少を含めた血管壁厚の減少が知られている。微小血管網の分岐、ルーピングなどの形態異常、そして機能的には脳内血流の減少が知られている。アルツハイマー病発症に直接関連する血液脳関門機能低下として、老化に伴う海馬領域に特異的な血液脳関門の関門性低下、周皮細胞の喪失が報告されている[22]。脳実質側で作り出されたAβは通常脳微小血管内皮細胞で発現するLRP-1によって血中に排出されるが、老化に伴って、血液脳関門の機能が低下すると脳実質側でAβが蓄積すると考えられている。一方で、血液側から脳実質側へAβを輸送するAβを輸送するRAGEも脳内Aβ蓄積に関与する[23]。健常時は脳微小血管内皮細胞でのRAGEの発現は低いがAβ量の上昇に伴いRAGEの発現も上昇する。RAGEによるAβの脳実質への流入増加に伴い、サイトカイン等の発現誘導および神経細胞への酸化ストレス誘導、そしてエンドセリンの発現誘導によって血流量が低下することなどにより神経細胞死が誘発するとされている[24]。さらにアルツハイマー病患者の多くで、動脈にAβが蓄積して血管機能が低下する脳血管アミロイドアンギオパチーがみられ、この症状は認知機能障害の進行と関連している[25]。血液脳関門の機能低下、あるいはAβ蓄積による病態発現のいずれが先に発生するかは明らかではなく、血液脳関門の機能低下がアルツハイマー病発症に先立つ[22]、そうではない[26]という両方の研究報告がある。疾患によって脳実質への薬剤浸透性の予想がつかないことが中枢神経系疾患に対する治療薬開発を難しくしている要因の一つである。

免疫疾患[編集]

免疫疾患の血液脳関門の破綻のメカニズムには2つ知られている。1つは単核球のバリアを超えた神経実質内への侵入、もうひとつはBBBを構成する内皮細胞間のタイトジャンクションの破壊・機能不全を介した液性因子の神経実質内の流入である。

単核球の神経実質内浸潤

細胞浸潤では内皮細胞に強固に接着するadhesionの過程が最も重要と考えられている。内皮細胞側の接着分子はVCAM-1とICAM-1である。単核球側の特異的リガンドはVCAM-1に対してはVLA-4、ICAM-1にはLFA-1とMac-1が同定されている。炎症細胞の細胞浸潤は内皮細胞の胞体を突き抜けるtranscellular migrationでありタイトジャンクションの制御する内皮細胞間ではない。ナタリズマブ(商品名:タイサブリ)はVLA-4に対するモノクローナル抗体であり、VCAM-1とVLA-4の相互作用を阻害し単核球浸潤を阻止する。

液性因子の神経実質内漏出

液性因子の神経実質内漏出はタイトジャンクションの障害によるものと考えられている。BBBでは星状膠細胞由来のVEGF-Aはクローディン5やオクルディンのダウンレギュレーションをきたし透過性亢進させる。また多発性硬化症の一見正常にみえる白質や皮質でもBBB破綻が起こっているという報告もある。

中枢神経系疾患治療薬の障壁[編集]

タンパク質医薬品や抗体医薬品、核酸医薬品などの高分子医薬品が中枢神経系疾患に対しても高い有効性を示す可能性が示唆されている。難治性疾患であるアルツハイマー病脳腫瘍脳梗塞パーキンソン病、外傷性脳損傷などがその対象となると考えられている。しかしながら、これらの治療活性の高い候補物質が次々と見出されているものの、生体内ではそれらが単独で中枢疾患治療薬効果を発揮するには至らない。投与部位から標的である中枢神経への薬物移行性が血液脳関門により厳密に制限されていることが原因と考えられている[27]。分子量閾値説[21]では血液中から脳内へ移行できる薬物は分子量450Da未満と言われていた[28]。低分子医薬品の実に95%は血液脳関門を通過することができず、高分子医薬品が血液脳関門を通過する方法は確立していない[29]。したがって中枢神経疾患用の高分子医薬品を開発するためには血液及び脳間の薬物輸送障壁を克服し、薬物の脳送達効率を飛躍的に高める安全かつ有効な技術を確立しなければならない。そのためには血中に投与された薬物を脳微小血管内皮細胞近傍に標的化し、かつ血液脳関門の透過性を亢進させる必要がある。具体的には脳微小血管内皮細胞へのターゲティングと血液脳関門の透過性を促進させる方法が必要となる。

脳微小血管内皮細胞へのターゲティング[編集]

脳微小血管内皮細胞へのターゲティングの方法として、トランスフェリンインスリンレプチンおよびジフテリア毒素等の受容体を標的として、その周囲の薬物を集積させる手法が古くから試みられてきた[30]。そのうちトランスフェリン受容体は最も重点的に研究された標的受容体である。もともと血中に存在する内因性トランスフェリンが過剰濃度で存在するためトランスフェリンをリガンドとして活用するのは難しいと考えられた。そこでトランスフェリン受容体に対してより強力な親和性活性を有する抗体もしくは人工ペプチドが設計され脳微小血管内皮細胞へのターゲティングが試みられた[31]。トランスフェリン以外にはLRP-1も盛んに研究されている。LRP-1に対して高い親和性を有するペプチドとしてはAngiopep-2が知られている[32]。5種の異なるリガンドで修飾したリポソームで脳微小血管内皮細胞への取り込み効率を比較したin vitro実験では全てが細胞内に取り込まれたがマウスに静脈注射したin vivoの実験ではそのうち1種類しか脳標的化作用を示さなかったという報告がある。受容体を利用した脳微小血管内皮細胞へのターゲティングだけでは血中から脳への全体の輸送を向上させるには至らないことが示唆された[33]

血液脳関門の透過性促進させる方法[編集]

血液脳関門の透過性促進させる方法には受容体介在性トランスサイトーシス、トランスポーターを介する方法、細胞間隙開口法、細胞膜透過ペプチドなどがあげられる。血液脳関門の透過性を促進させる方法には経細胞経路を介するものと傍細胞経路を介するものが知られている[34]

受容体介在性トランスサイトーシス

脳微小血管内皮細胞に高発現するトランスフェリン受容体やLRP-1に結合したリガンドやそれを修飾した薬物はエンドサイトーシスを介して細胞内に取り込まれる。またその過程でエンドソーム内に取り込まれたリガンドや薬物の一部はエキソサイトーシスを介して脳組織側へ放出される。このような一連の経路を受容体介在性トランスサイトーシス(receptor-mediated transcytosis、RMT)と呼ばれる。すなわち、受容体リガンドを利用した戦略は脳微小血管内皮細胞へのターゲティングするために有用な方法であると同時に能動的に血液脳関門の透過性を向上させるアプローチであると考えられる。2018年現在、インスリンやトランスフェリン、レプチンなどの約20種類の高分子が受容体介在性トランスサイトーシスの機序で血液脳関門を通過することが知られている[35]。インスリンは脳では合成されないがRMTの機序で血液脳関門を通過し脳で作用する。受容体介在性トランスサイトーシスによる血液脳関門通過は例外的であり、通常は生理活性ペプチドや蛋白質などの高分子は血液脳関門を通過できない。そのためモノクローナル抗体も血液脳関門を通過できない。また仮に通過できたとしても血液脳関門の脳側ににはFc受容体が発現しており、半減期48分で脳側から血管側に排泄される[36]

Pardridgeらは血液脳関門を透過できるインスリンやトランスフェリンの受容体に結合するモノクローナル抗体を運搬蛋白質として用い、血液脳関門を通過しない生理活性蛋白質を連結(または融合)したキメラ蛋白質を合成し、血液脳関門を通過させるトロイの木馬戦略を提唱した[37]。具体的にはにはマウストランスフェリン受容体とTNFα阻害薬であるエタネルセプトの融合タンパク質をパーキンソン病モデルマウスへ投与したり[38]、ライソゾーム病のひとつであるムコ多糖症Ⅰのモデルマウスでムコ多糖分解酵素であるα-L-イズロニダーゼと抗トランスフェリン受容体抗体を連結した融合タンパク質を全身投与した結果、中枢神経症状が軽快したという研究がある[39]

受容体介在性トランスサイトーシスは血液脳関門の透過性促進させる手段として非常に有用だが、脳微小血管内皮細胞の受容体数が限られていること、さらにエンドソームおよびライソゾームといった一連の輸送小胞中で分解を受けることから輸送効率に限界があることが懸念される。

トランスポーター

受容体介在性トランスサイトーシスに加えて、一部のトランスポーターもエネルギー介在性の血液脳関門透過メカニズムに関与している。代表的なトランスポーターとしてグルコースやアミノ酸等の栄養成分の輸送に関わるグルコーストランスポーターのGLUT1やLAT1が知られている。これらのトランスポーターは一般的に低分子を基質として認識するため高分子医薬品を脳へ送達するターゲットとしては適さないと言われていた[27]。しかし東京大学片岡一則東京医科歯科大学の横田隆徳らの共同研究ではグルコースを表層に含むナノマシンを開発し、空腹時のナノマシンを静脈注射し、30分後のグルコースを静脈注射することでナノマシンが脳内へ分布することを明らかにした[40]

細胞間隙開口法

細胞間隙を形成するタイトジャンクションの機能制御によりBBB透過性を高めることができる。Cambellらはマウスにクローディン5のsiRNAを全身投与し一時的にin vivoでクローディン5の発現を抑制してBBBの透過性を上げることに成功している[41]。クローディン5をターゲットとした抗体医薬を用いる方法も考案されている[42]。また収束超音波を用いてタイトジャンクションを一過性に開口させる方法もある[43]。しかし収束超音波を用いた方法は無菌性の炎症を誘発するという報告もある[44]吸収促進薬であるカプリン酸ナトリウムやマンニトールなども過去には検討された[45]

細胞膜透過ペプチド

細胞膜透過ペプチド細胞膜を通過し、タンパク質核酸ファージナノ粒子を、活性をたもったまま細胞内に運ぶことができる。しかし血液脳関門への選択性は低い。

実験方法[編集]

血液脳関門の評価を行うための実験系がいくつか知られている。

トランスウェル[編集]

細胞を用いたin vitroの血液脳関門モデルでは脳内での薬物動態の一部、脳実質への吸収の部分のみが評価の対象となる。血液脳関門のin vitroモデルはトランスウェル(transwell)を使用した培養が一般的である。トランスウェル内に血管内皮細胞による細胞シートを形成させ、上部トランスウェルから下部トランスウェルへの透過性を血液側と脳実質側との透過性として評価する。場合によっては下部ウェルにアストロサイト周皮細胞などを共培養し、血管内皮細胞の関門性の向上を目指す。血液脳関門のin vitroモデルとしての有用性の指標となるのは、経内皮電気抵抗(TransEndothelial Electrical Resitrance、TEER)で表される細胞シートによる物理的障壁の形成と[46]、物質の透過性を評価する透過係数(Pe)である。透過係数はトランスウェルに添加された各種化合物が下部ウェルに透過できる速度を実験的に評価して導き出す[47]。血管内皮細胞は脳微小血管内皮細胞としての生物学的な性質の再現を担保するために特徴的な遺伝子発現レベルの確認、免疫蛍光染色での観察、電子顕微鏡によるタイトジャンクション形成の確認などを行う。多くの報告[48]があるが内皮細胞はヒト由来のhCMEC/D3細胞、マウス由来のbEnd.3細胞、iPS細胞から分化させたiCell Endothelial Cellsなどが用いられることが多い。hCMEC/D3細胞はヒトの脳より採取した血管内皮細胞をhTERTとSV40 large T antigenで不死化した細胞であり[49]ABCトランスポーター遺伝子群の発現レベルは脳微小血管内皮細胞の性質を反映している。しかし形成できる物理的障壁性、TEERは30~120オーム・cm2と低く、アストロサイト共培養でも関門性の向上が難しい点が脳微小血管内皮細胞とは異なる。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]