払川館

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払川館(はらいかわだて)は、岩手県宮古市に所在した日本の城。別称、津軽石館。

城跡を津軽石川が巡り、丘陵上の頂上平坦部は東西190m南北195mで主郭、二郭、三郭、大手門の跡、空濠、城下町も従えていたが、いまは川原になって跡形も残っていない。

歴史・沿革[編集]

払川館は、陸奥国閉伊郡津軽石村に所在した。津軽石を本拠地とした津軽石氏は、一戸南部氏の支族で千徳城主千徳氏の分流。

津軽石村は古くは渋溜村と称し、初め村の北方 沼里館に沼里氏がいたが、文明年間(1469~87年)の頃、千徳氏の一族に攻められて没落。その後、一戸氏は沼里館に拠て、勢力を伸ばし、津軽石氏の始祖一戸南部行政が享禄元年(1528年)に入部して、やがて、払川に新城を築いて沼里館から移った。

天正11年(1583年)正月、千徳城における饗応の席で、津軽石九郎勝富(鬼九郎行重)は謀殺されて[1]、払川館は千徳勢に囲まれて落城し廃城となり、津軽石の地は千徳氏の支配下に入るが、南部氏が閉伊を統一してからは南部氏の所領となった。

脚注[編集]

  1. ^ 「東奥古伝」

参考資料[編集]

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店1985年3月8日ISBN 4-04-001030-2
  • (有)平凡社地方資料センター 『日本歴史地名大系 第3巻 岩手県の地名』 平凡社1990年7月13日ISBN 4-582-91022-X
  • 児玉 幸阿・坪井 清足 『日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田』 新人物往来社1980年7月15日

関連項目[編集]