広東省 (汪兆銘政権)

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汪兆銘政権 広東省
1940年 - 1945年
簡称:



簡体字 广东
繁体字 廣東
拼音 Guǎngdōng
カタカナ転記 グアンドン
国家 汪兆銘政権
行政級別
政府所在地 広州市
成立 1940年
消滅 1945年 
面積
- 総面積 km²
人口

広東省(カントン-しょう)は汪兆銘政権に存在した

沿革[編集]

1940年民国29年)4月24日、汪兆銘政権政治委員会第4次会議で広東省の設置を決定、省会を広州市と定め、下部に広州市、汕頭市、南海、番禺、順徳、新会、中山、三水、花県、東莞、増城、宝安、従化、博羅、恵陽、潮安、潮陽、澄海、南澳の各県を管轄した。

県政監督のための行政専員公署は4区設置され、1944年(民国33年)9月8日に設置されている。

歴代省政府主席・省長[編集]

省政府主席
(1940年11月8日まで代理)
省長
  • 陳耀祖:1943年1月20日 - 1944年4月4日〔暗殺〕
  • 陳春圃:1944年4月14日 - 1945年4月26日
  • 褚民誼:1945年4月26日 - 〔8月、廃止〕

関連項目[編集]