小野元之

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小野元之(おの もとゆき)は元文部官僚京都大学法学部卒業。関西大学客員教授。同志社大学客員教授。過去に、初代文部科学事務次官独立行政法人日本学術振興会理事長を歴任。学校法人城西大学理事長代理、パナソニック教育財団理事長、学校経理研究会理事長を兼任。

略歴[編集]

  • 岡山操山高校、京都大学法学部卒業
  • 1968年(昭和43年) 4月 - 文部省入省
  • 1985年(昭和60年) 7月 - 北九州市教育委員会教育長
  • 1993年(平成 5年) 7月 - 文部省大臣官房総務課長
  • 1995年(平成 7年) 7月 - 文化庁次長
  • 1997年(平成 9年) 7月 - 文部省官房長
  • 2000年(平成12年) 6月 - 文部事務次官
  • 2001年(平成13年) 1月 - 文部科学事務次官
    2002年の新学習指導要領施行に基づく「ゆとり教育」の行き過ぎに対して小野次官や遠山敦子文科相はその危機感を共有し、2001年1月に遠山文科相が発表した緊急アピール「学びのすすめ」において、「学習指導要領は最低基準」だとしてそれまで許可されなかった学習指導要領を超える記述が容認されるようになった。学習指導要領施行前にはテレビやラジオ、新聞などに顔を出し、責任者として賛成の立場を表明しながら「ゆとり教育」への理解を求めたが、「3割カットするというのは間違いです。3割カットしません」「全員に100点を取ってもらうというのは間違いです」などマスコミ報道や広まった誤解について修正する発言がみられた。
    「追いつけ型の教育」から、1992年度・2002年度の学習指導要領や臨教審の底流にある「21世紀型の教育」へ転換すべきであるという流れは一貫しているが、「国民として必要な基礎的・基本的な内容を重視」する1977年度の学習指導要領内容へ立ち返ったものだとされている。
    翌2003年には、中央教育審議会によって学習指導要領の一部改訂が答申された[1]
  • 2003年(平成15年) 2月 - 日本学術振興会理事長
  • 2004年(平成16年) 4月 - 独立行政法人日本学術振興会理事長
  • 2012年(平成24年) 4月 - 学校法人城西大学理事
  • 2015年(平成27年) 4月 - 春の叙勲で瑞宝重光章受章
  • 2015年(平成27年) 6月 - 公益財団法人パナソニック教育財団理事長
  • 2016年(平成28年) 12月- 学校法人城西大学理事長代理

社会的発言[編集]

  • 毎日新聞(2001年8月20日)

「大学では過激な学生運動をしていた。権力を倒すには暴力が必要であると考え本気でデモもした。」 「しかし本当に世の中を変えるには内部に入ってやらねばと公務員になりました。」

社会的活動[編集]

受賞・受章[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日本の戦後 下』(田原総一朗講談社、2005年) P272 ~ P275
  2. ^ 日本学術振興会ホームページ


先代:
佐藤禎一
文部事務次官
第64代:2000年 - 2001年
次代:
廃止
先代:
-
文部科学事務次官
初代:2001年 - 2003年
次代:
御手洗康