小川譲二

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小川 譲二(おがわ じょうじ、1904年 - 1974年)は、技官官僚工学者北海道大学出身初の北海道開発局局長学校法人北海学園理事長。また、北海道における治水事業の第一人者

来歴[編集]

札幌生まれ。1928年北海道帝国大学工学部土木工学科を第1期生として卒業。

北海道庁に入庁し、札幌治水事務所に勤務。その後、釧路土木事務所所長、帯広土木現業所所長、石狩川治水事務所所長、北海道電源開発推進部長等を経て、1951年総理府技官・北海道開発局初代建設部長、1957年北海道開発局二代局長。1959年停年退官。1960年富士セメント(現、日鉄住金セメント)コンクリート工場建設実施本部長。1961年室蘭工業大学工学部講師。1962年北海短期大学工学科教授(土木行政論・土木経済論)。1970年学校法人北海学園理事長。1973年北海学園大学工学部教授(運輸学・交通学)。

退官後の公職では1962年北海道総合開発委員会委員。1963年財団法人北海道開発協会を創設して会長に就任。1965年北海道建設業審議会会長を務めた。

エピソード[編集]

人物・家族[編集]

論文[編集]

  • 『日本の蓬莱島「北海道」』(国土開発、1953年)
  • 『北海道の道路と河川の特異性』(国土開発、1956年)

参考文献[編集]

高木正雄編『北海道建設人物事典』(北海道建設新聞、2008年)

先代:
上原轍三郎
北海学園理事長
第6代: 1970年 ‐ 1974年
次代:
森本正夫