安藤緑山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
あんどうろくざん、ANDO Rokuzan
安藤緑山
生誕 1885年
東京府
死没 1959年
職業 彫刻家

安藤 緑山(あんどう ろくざん/りょくざん、明治18年(1885年5月16日 - 昭和34年(1959年5月6日)は大正から昭和初期の彫刻家。本名は和吉(わきち)[1]。萬蔵、萬造、萬象の号を使用したという[2][3])。また緑山の読みは、今日「ろくざん」と呼ばれることが多いが、本人は「りょくざん」と称していたという[1]

生涯[編集]

生涯や詳細な人物像など不明な点が多い。1885年、浅草区花川戸で、下駄の鼻緒問屋を営む小澤卯之助の次男として生まれる。しかし数え9歳の時、父が亡くなり廃業。その後、子供がいなかった叔母の家に養子に入った。養父は金工家の安藤彌次郎で、高等小学校卒業後、象牙彫刻を習って独立した。師匠は大谷光利とされ[4]東京彫工会に所属し、明治43年(1910年)、大正10年(1921年)とその翌年には、下谷御徒町(現在の台東区西部)に住んでいた[5]。また「緑山乍」銘には、「金田記」「金田」の銘が併記される作品が見られ、この金田は明治から大正期の牙彫家・牙彫商の金田兼次郎だと考えられる[6]。緑山が金田に直接師事したという記録はないが、展覧会への出品は金田によってなされており、両者が浅からぬ関係だったことが窺える。昭和18年(1943年伊勢丹からの依頼で、インドネシアスマトラ島に赴き、現地で牙彫の指導を行った[1]。墓は、足立区の法受寺。

作品の特徴[編集]

象牙彫刻(牙彫〔げちょう〕[7]と呼ばれた)の分野で活躍し、野菜果物を中心に多くの作品を制作した。現存している物だけでも50数点以上あり、「竹の子と梅」は安藤の最高傑作とも言われる。牙彫は江戸時代に始まり、明治期に外貨獲得の国策として海外に輸出されはじめたことから、「牙彫ブーム」と呼ばれる最盛期に突入した。しかし、大正になると牙彫の難しさ(素材を削り取るため、完成するまで非常に時間がかかる)から、ブームは沈静化。安藤はそのような時期に牙彫に挑んだ彫刻家だった。

安藤の彫刻で最大の特徴は、"色つけ"である。当時の美術界では牙彫の王道である"白地の肌合い"が主流だったが、緑山は「象牙に着色すると色が滲んで独特の味わいを持つ」という彼独自の流儀を持っていた。しかし、主流から外れた制作態度は異端視され、その高い技巧ほどには評価されなかった。加えて、彼自身も気難しい性格で人との交渉を嫌ったため、弟子を全く取らず、「安藤緑山一代限り」とのポリシーを持っていた。その技巧は長らく謎とされていたが、X線透視検査によって1本の象牙に丸彫するのが基本とされた牙彫において、複数の牙材をネジなどで接合することで大作の牙彫を実現していることが明らかとなった。また蛍光X線分析によると、有機系着色料ではなく金属を主成分とした無機系着色料が主に用いられた可能性が高いという。更に顕微鏡による細部観察によって、彫りの段階で細部まで完成させてから着色しており、場合によっては着色後に部分的に彫りや削りを施すことで、素地の白色を露出させる技法を用いているのが見て取れる[8]

緑山作品の伝来をたどると、皇室関係者に行き当たる例が幾つかあり、緑山の牙彫は国内のごく限られた富裕層が愛玩したものと想像される。

代表作[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 小林(2018)。
  2. ^ 中村雅明 「超絶技巧の世界1 象牙彫刻」(『目の眼』179号、1991年9月)。
  3. ^ これらの記述は中村以外の文献資料には見当たらず、裏付けは取れていない。ただ、「萬象」の彫名が入った作品があることから、彫象と号したのは間違いないようだ(小林(2014)p.18)。
  4. ^ 『東京彫工会史』昭和2年刊。ただし、遺族にも詳細は伝わっていないという(小林(2018))。
  5. ^ 「東京彫工会会員役員人名録」。
  6. ^ 五味聖 「珍品ものがたり」(『珍品ものがたり』展図録、宮内庁三の丸尚蔵館、2012年)。
  7. ^ 象牙の項を参照。現在は、牙彫師は東京や京都で数えるほどの人数しか存在しない。象牙の取り引きはワシントン条約で禁止されているため、条約締結前の象牙を使わざるを得ない。
  8. ^ 小林(2014)pp.20-22。
  9. ^ KIRIN~美の巨人たち~ 安藤緑山「竹の子と梅」(2013年5月25日放送)
  10. ^ 京都国立近代美術館 日本経済新聞社文化事業部編集 『技を極める―ヴァン クリーフ&アーベル ハイジュエリーと日本の工芸』 日本経済新聞社、2017年、p.123。なお同書では、緑山作品を他に5点収録している(いずれも京都国立近代美術館蔵)。

参考文献[編集]

  • 渋谷区立松濤美術館 福井泰民編集 『特別展 日本の象牙美術 -明治の象牙彫刻を中心に-』、1996年
  • 美術誌『Bien(美庵)』Vol.48 特集「石川光明とデザインで見る象牙彫刻」 藝術出版社、2008年。ISBN 978-4-434-12047-3
  • 小林裕子「安藤緑山の牙彫─研究序説として」(山下裕二監修 『超絶技巧! 明治工芸の粋』 浅野研究所発行、2014年、pp.17-23)
  • 小林祐子「〔資料紹介〕安藤緑山の履歴に関する新知見 ―遺族への聞き取り調査を通して―」(『三井美術文化史論集』第11号、2018年1月1日、pp.71-72)