奥寺敬

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奥寺 敬(おくでら ひろし、 1955年10月 - )は、日本医学者(危機管理医学・救急医学・災害医学・神経蘇生学)。富山大学大学院危機管理医学(救急・災害医学)教授(2003年9月 - )。

来歴[編集]

神戸市出身。岩国市立東小学校-尼崎市立園田小学校-杉並区立第二小学校、杉並区立東田中学校-小平市立第四中学校、東京都立立川高等学校信州大学医学部医学科卒業。卒業後、同大学脳神経外科学教室初代教授杉田虔一郎に師事、脳神経外科手術、手術機器開発として手術室用CTシステム、開頭術中赤外線画像計測等を開発、同時期に研修会やセミナーの創設・運営を学ぶ。学位(博士)の指導教授は同教室第二代教授小林茂昭。『開頭手術用定位脳手術装置の開発』で博士(医学)。信州大学医学部附属病院救急部副部長・講師、同医学部救急集中治療医学講座・助教授などを経て、2003年富山医科薬科大学医学部教授2005年、旧富山大学・富山医科薬科大学高岡短期大学の3大学の再編統合により富山大学大学院教授2004年4月から富山県医療審議会委員。

逸話[編集]

信州大学医学部附属病院救急部教官当時、1994年6月の松本サリン事件を医療サイドで経験、自宅は現場の至近であり被災地域でもある[1][2]。この事件を契機として救急・災害医学の研究に着手。サリンが神経ガスであることより神経蘇生、神経救急集中治療学などの概念を考案。1998年長野市で開催された第18回長野オリンピック冬季競技大会の医療救護ディレクターに指名され、前大会である1996年アトランタオリンピックの医療救護の現地視察に派遣され[3]、現地でFEMACDCのオリンピック医療への参画、トリアージの運用と、医師スタッフ採用基準であったACLS等に触発され、災害医療の研究に着手する契機となった。(2003年富山県下救急救命士会 特別講演「富山医科薬科大学、救急・災害医学講座のめざすもの」より)

学会活動[編集]

以下の学会を会長、世話人として主催

共著[編集]

翻訳[編集]

  • 『事故・災害時のMCガイド』(中山書店、2008年) ISBN 978-4521730349
  • 『有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン』(へるす出版、2011年) ISBN 978-4892697364

脚注[編集]

  1. ^ Okudera H, Morita H, Iwashita T, Shibata T, Otagiri T, Kobayashi S, Yanagisawa N:Unexpected nerve gas exposure in the city of Matsumoto: the first rescue experience of sarin gas terrorism. Am J Emerg Med 15:527-528, 1997
  2. ^ Okudera H: Clinical features on nerve gas terrorism in Matsumoto. J Clin Neurosci 9(1):17-21, 2002
  3. ^ Okudera H, Kobayashi S, Kiyosawa K: Medical care required for mass gatherings in the XVIII Olympic Winter Games in Nagano, In Nose H,Gisolfi CV, Imaizumi K (eds): Exercise, Nutrition, and Environmental Stress, Vol. 1: GSSI Sports Science Network Forum in Nagano, 1999, Cooper, Traverse City, 2001, pp 249-255

外部リンク[編集]