奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件

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奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件
場所 奈良県添上郡月ヶ瀬村
標的 中学生
武器 自動車
死亡者 1名
犯人 25歳の村の住民の男
動機 村八分の恨み
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奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件(ならけんつきがせむら じょしちゅうがくせいさつじんじけん)とは、1997年5月に奈良県添上郡月ヶ瀬村(現在の奈良市の一部)で発生した殺人事件。

概要[編集]

1997年5月4日、奈良県添上郡月ヶ瀬村で当時13歳だった中学2年生の女子生徒が卓球大会の帰りに行方不明となった[1]

村人、警察が通学路を捜索していると、女子生徒のスニーカーが発見され、道路にはタイヤ痕、ガードレールには血痕が付着していた。近くの公衆トイレでは切り裂かれた女子生徒のジャージと、血だらけのダウンベストが発見された[2]

警察はひき逃げや事件に巻き込まれた可能性があるとして捜索を開始した。警察は聞き込み調査をすると 当時25歳の無職の男が浮上した。男は四輪駆動三菱・ストラーダを乗り回しており、警察やマスコミはその男をマークし始めた。

7月25日奈良県警略取誘拐の容疑で男を逮捕した。男は当初容疑を否定していたが、犯行後に売却した車の後部座席に被害者の血液DNAなどが発見された事や、切り裂かれたジャージからは男の車のタイヤ痕が発見され、それらを追及すると、男は犯行を認めた。

2000年6月14日大阪高等裁判所無期懲役の判決を下しこれが確定したが、男は服役中の2001年9月4日に収監先の大分刑務所にて自殺している[3]

動機[編集]

男は犯行の動機について「車を運転して帰宅の途中、偶然被害者の少女と遭遇した。そこで顔見知りである被害者に『家に送ってあげる』と声をかけたが無視され、腹が立って、歩いている被害者の背後から車で轢き、発覚を恐れて近くの公衆便所で首を絞めた上で石で殴打して殺害。三重県上野市の山中に遺体を遺棄した」[4]と自供した。 男の一家は幼少期から村八分されており、両親が日本人朝鮮人ハーフだったため、村人から迫害を受けていた[5]

出典[編集]

関連項目[編集]