大阪市立三国中学校

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大阪市立三国中学校
地図北緯34度44分26.4秒 東経135度29分16.9秒 / 北緯34.740667度 東経135.488028度 / 34.740667; 135.488028座標: 北緯34度44分26.4秒 東経135度29分16.9秒 / 北緯34.740667度 東経135.488028度 / 34.740667; 135.488028
過去の名称 大阪市立東淀川第三中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪市
設立年月日 1947年4月1日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード C127210000454 ウィキデータを編集
所在地 532-0006
大阪市淀川区西三国2丁目5番24号
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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大阪市立三国中学校(おおさかしりつ みくにちゅうがっこう)は、大阪府大阪市淀川区にある公立中学校

概要[編集]

学制改革と同時の1947年に開校した。地域の人口の増加に伴い、東三国宮原の2中学校を分離している。

大阪市の北部・三国駅周辺を校区とし、校区は神崎川を挟んで豊中市庄内地区と接している。大阪空港を離着陸する航空機の経路近くにある関係で、校舎には冷房・防音設備が完備されている。

沿革[編集]

1947年学制改革に伴い、当時の東淀川区で最初の中学校の一つ、大阪市立東淀川第三中学校として開校した[1]。当初は大阪市立三国小学校内に仮校舎を設置していたが、翌1948年には大阪市立野中小学校大阪市立北中島小学校の2ヶ所に仮校舎を移転している。

学制改革の際に発足した大阪市立中学校は暫定的に「行政区名+番号」の仮称で出発したが、番号での校名をやめて地名などを取り入れた校名へと一斉に変更することになった。東淀川第三中学校においても地名である「三国」を取り入れ、1949年に大阪市立三国中学校へ改称している[1]

1949年7月には現在地に統合移転した[1]。しかし翌1950年にはジェーン台風で被災し、校舎が倒壊した。

1962年には大阪市立東三国中学校を、1982年には大阪市立宮原中学校をそれぞれ分離開校した[1]

2010年代に入ると、大阪市立宮原小学校において児童数の増加が見込まれるようになったため、小学校の通学区域変更に合わせて、宮原中学校の通学区域であった西宮原2丁目6番33号 - 81号を2012年に三国中学校へ変更した[2]

年表[編集]

通学区域[編集]

大阪市淀川区 西三国1丁目-4丁目、十八条2丁目-3丁目、新高1丁目-6丁目、三国本町2丁目-3丁目および西宮原2丁目-3丁目のそれぞれ一部。

出身者[編集]

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 沿革”. 大阪市立三国中学校. 2024年1月8日閲覧。
  2. ^ 第34回大阪市学校適正配置審議会” (PDF). 大阪市教育委員会事務局. p. 22 (2012年6月28日). 2012年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月13日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]