大戸阿久里

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大戸 阿久里(おおと あぐり、慶安元年(1648年) - ?)は、下総国関宿藩主・牧野成貞正室。5代将軍・徳川綱吉側室であったという説もある。

生涯[編集]

牧野家の譜代の家臣である大戸玄蕃吉勝の娘として生まれる。その後、徳川綱吉の母・桂昌院の侍女となる。桂昌院の指示で成貞と結婚した。

成貞との間には、寛文7年(1667年)に長女・松子(永井貞清正室)、寛文9年(1669年)に次女・牧野成時正室)、寛文11年(1671年)に三女・亀を出産した。

その後、綱吉に見初められ、江戸城大奥へ入ったという説がある。阿久里を奪った埋め合わせとして、延宝8年(1680年)に綱吉は成貞を下総国関宿藩主に任命し、成貞は15,000石の大名に出世した。さらに、成貞は老中と並ぶ扱いを受けるようになり、元禄元年(1688年)には73,000石に加増されている。

しかし、阿久里だけでは満足しなかった綱吉は、成貞の娘・安にも手を出し、大奥入りしたという説がある。ただ、綱吉の側室として記録のある新助の方(『幕府祚胤伝』記載では新典侍。院号は清心院)を阿久里に比定する説[1]があるものの、『幕府祚胤伝』によれば清心院は出自が「豊岡有尚の娘、日野弘資の養女」となっており、また「元文4年(1739年)卒、享年73」(=寛文7年(1667年)生まれ)であるため、阿久里の生年・出自と食い違っており、安の名前もどこにも記録されていない。阿久里と安が大奥へ入ったという話は後世の創作という説もある。

墓所は東京都墨田区にある弥勒寺

登場作品[編集]

テレビドラマ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 雲村俊慥『大奥の美女は踊る』71頁

参考文献[編集]