墨江

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日本 > 大阪府 > 大阪市 > 住吉区 > 墨江

墨江(すみえ)は、大阪府大阪市住吉区町名。1 - 4丁目まである。郵便番号558-0043。

本稿では、町名の由来となった、かつての東成郡墨江村(すみのえむら)についても述べる。

地理[編集]

住吉区西部に位置する。住吉大社の鎮座する住吉の南に続く町域で、古くからの住宅街である。北で住吉、北東で上住吉、東で千躰殿辻沢之町、南で遠里小野、南西で清水丘、西で住之江区安立、北西の一点で長峡町と接する。国道479号長居公園通)が東西に走り、東の南海高野線と西の阪堺電気軌道阪堺線に挟まれている。

河川[編集]

歴史[編集]

すみのえむら
墨江村
廃止日 1925年4月1日
廃止理由 編入合併
西成郡・東成郡計17町27村→大阪市
(大阪市第二次市域拡張)
現在の自治体 大阪市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
東成郡
総人口 9,705
国勢調査1920年
隣接自治体 西成郡粉浜村
東成郡敷津村安立町住吉村長居村依羅村
堺市
泉北郡三宝村
墨江村役場
所在地 大阪府東成郡墨江村大字殿辻
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かつて存在した東成郡墨江村は、現在の大阪市住吉区南西部および住之江区南東部にあたる。墨江は住吉の古訓「すみのえ」の一表記で、清江、澄江とともに古代から使用されている。創建以来の住吉大社宮司津守氏の館や、南北朝時代南朝方の後村上天皇の御座所(住吉行宮)があった。

現行住居表示の墨江は、墨江村の北西部にあたる。

沿革[編集]

  • 1872年明治5年) - 住吉大社境内のうち紀州街道沿いの一帯が住吉郡安立町新田となる。
  • 1882年(明治15年) - 安立町新田を長峡町に改称。
  • 1883年(明治16年) - 住吉郡大領村、新町村、坂之井村、青蓮寺村、鳥居村が合併して上住吉村となる。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、住吉郡長峡町、上住吉村、千躰村、殿辻村、沢之口村、遠里小野村、島村、南浜口村、浜口村が合併して墨江村が発足。大字殿辻に村役場を設置。
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統廃合により、東成郡墨江村となる。
  • 1925年大正14年)4月1日 - 大阪市へ編入され、住吉区長峡町、上住吉町、千躰町、殿辻町、沢之町、遠里小野町、住之江町、南浜口町、浜口町となる。同日墨江村廃止。
  • 1935年昭和10年) - 高野線、大和川、阪堺線、細江川に挟まれた区域の町名が墨江東、墨江中、墨江西となる。
  • 1974年(昭和49年)7月22日 - 分区により、旧村域のうち住之江町、浜口町のそれぞれ西部が住之江区の一部となる。
  • 1981年(昭和56年) - 現行住居表示実施。墨江東、墨江中、墨江西のそれぞれ北半が墨江となる。おおむね千躰、殿辻、沢之口の集落が含まれている。

交通[編集]

施設[編集]

教育機関[編集]