増谷麟

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増谷 麟(ますたに りん、1892年8月 - 1967年5月)は日本現像技師実業家である。PCL(現在のソニーPCL)創立社長、日本ポリドール社長等を歴任、「ソニー育ての親」として知られる。

来歴[編集]

人物[編集]

増谷と海軍一流の人物との交流[編集]

福留繁海軍中将は自著『海軍生活四十年』の中で、増谷の厚い友情にふれている。

増谷とソニーとの関係[編集]

ソニー創業者井深大は増谷の葬儀のとき読んだ弔辞の中で次のように述べている。「今のソニーも、増谷さんには創立前から相談にのっていただき、山のものとも海のものとも分からない時に、多額の出資もお願いしました。爾来、名前は、相談役監査役でしたが、いつも親身になって心配し、喜んでくださいました。…」。[1]

家族[編集]

亨は松江中学(現松江北高校)から大阪高等工業学校醸造科を卒業して家業を継いだ。
悠について、『新日本人物大観』(鳥取県版)昭和33年、マ…249頁に「二三・五・五生。六年東大卒。日本軽金属(株)参事、台湾電力(株)理事を歴任、電力土木学の権威者として全国的に識らる。【読書。【神道。」とある
十三枝(田中嘉作の長女)
迪子(元東洋大学教授増谷達之輔の二女)

脚注[編集]

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  1. ^ 『勝田ヶ丘の人物誌』223頁より

参考文献[編集]

  • 『新日本人物大観(鳥取県版)』、人事調査通信社、1958年、p.391.
  • 『勝田ヶ丘の人物誌』、編集 勝田ヶ丘の人物誌編集委員会、発行 鳥取県立米子東高等学校創立百周年記念事業実行委員会、2000年、p.219-224.

関連項目[編集]

人物
企業

外部リンク[編集]