国際サッカー評議会

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国際サッカー評議会(こくさいサッカーひょうぎかい、International Football Association Board)は、サッカーのルール(サッカー競技規則)の制定など、サッカーに関わる重要事項を決定する組織。略称はIFAB。IFABで決定された規則は、FIFAに所属する協会の全ての国際試合および国内試合で適用される。

概要[編集]

国際サッカー評議会(IFAB)はサッカーのルールを決める唯一の組織である。同評議会の承認なしに、大陸連盟や加盟協会は、サッカーのいかなる競技規則の変更も行ってはならない。ただし、16歳未満の選手・女子・35歳以上の年長者のみの試合及び障害者の試合は加盟協会の合意があれば、ピッチサッカーのフィールド)の大きさ、ボールの大きさ、ゴールの大きさ、試合時間、交代等を同評議会の承認なしに修正できる。これ以外の修正は同評議会の承認が必要となる[1]

1882年12月5日に、マンチェスターで開かれたイングランドサッカー協会(FA)の会合にスコットランドサッカー協会 (SFA)、 ウェールズサッカー協会 (FAW)、アイルランドサッカー協会 (IFA) が招待され、これらイギリス本土4協会によって設立された。第1回のIFAB総会は、1886年6月2日にロンドンで開催され、以降毎年1度IFAB総会が開かれている。

その後、1913年国際サッカー連盟(FIFA)が加入した。

現在はFIFAから4人、イギリス本土4協会(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)から各1人代表が送られて構成されている。

なお、現在アイルランド島の北東部にあるイギリスの北アイルランドアイルランド島南部のアイルランド共和国は別の国であり、それぞれの協会を持つ(北アイルランドはアイリッシュ・フットボール・アソシエーション、アイルランド共和国はフットボール・アソシエーション・オブ・アイルランド)。

開催する会議とルール改正の手続き[編集]

国際サッカー評議会は年に2回の会議(2月か3月の年次総会と9月か10月の年次事務会議)を同一協会で2度とも行う。原則としてイギリス本土4協会(以下イギリス4協会)で持ち回りで開催するが、同評議会に参加しているFIFAの本部があるスイスチューリッヒをはじめ、それ以外の地域で開催することもある。かつてはワールドカップの開催年の同評議会の年次総会はワールドカップ開催国で行うことが慣習だった。但し、その場合でも同評議会に参加できるのは、FIFAとイギリス4協会のみである。

毎年2月末頃(2月か3月)に開催される年次総会において、ルール改正を討議し、出席者の3/4以上の賛成を得た場合、ルールが改正される(年次事務会議は競技規則に関する試行の要求など一般的事務事項を審議するが、ルール改正は出来ない)。 つまり、ルール改正にはFIFAの4票、イギリス4協会が各1票の計8票のうち6票以上が必要であり、FIFAだけでもイギリス4協会だけでも決められないようになっている[1]

近年、6月か7月に特別会議が開かれ、2月か3月の年次総会でも結論が出なかった内容などについて検討され、指示や方向性(通達)を改めて示すようになっている。

改正後、「新競技規則(新ルール)」は5月末までにFIFAからFIFA加盟各国のサッカー協会に通達され、7月1日から全世界で施行される(国際試合は7月1日から有効。但し、7月1日までにその年のシーズンが終了していない大陸連盟及び加盟協会は、その施行を次のシーズン開始まで延期できる。日本では例年7月1日以降のしかるべき日、遅くとも8月中には施行している)。 つまり、毎年、サッカーのルールは細かく変更されており、審判員 は毎年、更新講習会を受ける必要がある(受けなかった場合は審判資格を失効する)。その他の指示や方向性(通達)は6月か7月の特別会議を経て、改めて情報として伝えられる。2012年では、7月5日にスイスチューリッヒのFIFA本部で行われたIFAB特別会議で、満場一致で「ホークアイ(Hawk-Eye)システム」と「ゴールレフ(GoalRef)」の両方のゴール機械判定技術(ゴールライン・テクノロジー)採用やヒジャブ着用(イスラム教圏で女性が着用する、頭から首を覆う布。通達上の表記はヘッドスカーフ)の試験導入(2014年IFAB年次総会で永続導入なども含め最終決定する)等を決定した。

イギリス4協会は競技規則改正の提案や競技規則の試行の要求などサッカーに関する重要な事項について12月1日までに書面で年次総会主催協会(但し、年次総会主催協会はイギリス4協会のいずれか)の事務局長に提出する。

イギリス4協会を除くFIFA加盟協会及び各大陸連盟は、年次総会の4週間前までに(但し書面で提出の為、日程的余裕を考えて提出する必要がある)、FIFA事務局長に競技規則改正の提案などを書面で提出することができる。FIFAがその提案を審議し承認した場合、年次総会でFIFAが提案する。

歴史[編集]

国際サッカー評議会がサッカーのルールを決定するようになった経緯は次の通りである[2]

1863年10月26日、イングランドサッカー協会(FA)とロンドンの12(11とする資料もある)のクラブが会議を開き、同年12月8日までに6回のミーティングをもって、統一ルールを作成し、近代サッカー(現在のサッカー)が誕生した。

サッカーはすぐにイングランドからイギリス各地に広まり、1872年には世界初の「公式国際試合」(イングランド対スコットランド)が行われた(ちなみに非公式ではあるが、1870年に両者の間で世界初の国際試合が行われた。その後、この試合も含め5度にわたり、両者の間で非公式国際試合が行われた)。サッカー協会も次々と誕生した。1873年にスコットランド、1876年にはウェールズ、1880年にはアイルランドにサッカー協会が設立された。

しかし1882年に、このイギリス4協会で毎年王者を決める大会(英国選手権(ホーム・インターナショナル))[3]を開催する為に話し合ったとき、互いのルールが微妙に違うことがわかった。そのため、ルールを調整し、確定する協議会として国際サッカー評議会(IFAB)を発足させることにした。第1回のIFAB総会は、1886年6月2日にロンドンで開催された。 以後、IFABは毎年1度の総会でルール改正を検討することになった。

フランスやオランダを中心とした欧州大陸の国々によってFIFAが設立されたのは1904年。IFAB設立の18年後、近代サッカー誕生からだと41年後のことだった。FIFA設立当初、イギリス4協会はFIFAに参加しなかったが、ルールについてはIFABの決定にFIFAが従うことになった。

1913年に、ようやくIFABのメンバーにFIFAが加えられた[4]。このとき、イギリス4協会とFIFAは、それぞれ2票の投票権をもつこととされた。そしてルール改正に必要なのは、全体の5分の4、すなわち10票のうち8票ということとなった。つまり、イギリス4協会がそろって賛成すれば、FIFAが反対してもルール改正できるという形だった。

二度の世界大戦を経た45年後の1958年に、IFABは構成メンバーはそのままで、投票権をイギリス4協会は各協会1票ずつとし、FIFAには4票を与えた。そしてルール改正には、全体の4分の3、すなわち全8票のうち6票が必要とした。

この改正により、ルールの改正は、イギリス4協会だけでも、FIFAだけでも決められなくなった。

脚注[編集]

  1. ^ a b 競技規則の解釈と審判員のためのガイドラインP134~P138 国際サッカー評議会(IFAB)の規約-1993年2月承認
  2. ^ 大住良之 (2009年2月27日). “連載企画:「日本サッカー世界への挑戦」69.サッカーのルールはどのようにつくられているか”. NIKKEI NET (日本経済新聞社). オリジナル2009年3月13日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20090313050500/http://sports.nikkei.co.jp/soccer/column/osumi.aspx?n=MMSPca000027022009 
  3. ^ 松岡完著『ワールドカップの国際政治学』P104
  4. ^ No.181 より面白く、ルールも進歩”. サッカーの話をしよう 大住良之オフィシャルアーカイブサイト (1997年2月24日). 2012年5月18日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

ルール
国際サッカー評議会構成連盟及び協会公式
イギリス本土4協会を除くFIFA加盟協会及び各大陸連盟公式