南岩倉具威

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南岩倉具威

南岩倉 具威(みなみいわくら ともたけ、1868年- 1945年昭和20年))は、明治時代から昭和時代の華族貴族院議員爵位男爵

家系[編集]

堀河康隆の子。妻は従一位宮中顧問官岩倉具綱の娘、亥尾子。子に具勝、爵位を襲爵した具聡具俊紙恭輔の妻となった万佐子らがいる。

来歴[編集]

幼名は昌丸。従兄にあたる興福寺正知院住職・南岩倉具義岩倉具視の長男)の養子となる。1884年(明治17年)に男爵を授爵、岩倉家の門流 南岩倉家を相続する。その後、日本橋簡易商業夜学校(現在の中央学院大学)の初代校長なども務め、貴族院議員として議政壇上でも活躍した。

栄典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第1782号「叙任及辞令」1918年7月11日。

関連項目[編集]


日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
南岩倉家初代
1884年 - 1945年
次代:
栄典喪失