内藤忠顕

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ないとう ただあき
内藤 忠顕
生誕 (1955-09-30) 1955年9月30日(63歳)
日本の旗 日本 愛知県名古屋市
出身校 一橋大学経済学部
職業 実業家

内藤 忠顕(ないとう ただあき、 1955年昭和30年)9月30日 - )は、日本海事実業家日本郵船株式会社代表取締役社長、社団法人日本船主協会代表理事

人物[編集]

愛知県名古屋市出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、1978年一橋大学経済学部を卒業し、日本郵船入社。ジェレミ・ベンサムの「最大多数個人の最大幸福」という言葉に感銘を受け、大学は経済学部を選んだという。日本郵船では、日本貨物航空への出向や、企画部門、タンカー事業、ばら積み貨物船事業、コンテナ船事業などを担当し、石油グループ長などを経て、2015年代表取締役社長に就任[1]。就任内定後の記者会見では「変化のスピードが速くなり、やめる決断が必要になっている」と述べた。趣味は落語鑑賞[2]。2018年、韓進海運が破綻するなど歴史的な海運不況の中、商船三井川崎汽船とコンテナ船事業を統合し、オーシャン・ネットワーク・エクスプレスを設立[3]

経歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「日本郵船社長に内藤氏が昇格」日本経済新聞2014/12/25 15:09
  2. ^ 「日本郵船、次期社長が示した勝ち残りの覚悟」東洋経済オンライン2014年12月26日
  3. ^ 日本経済新聞2017/6/30 17ページ

外部リンク[編集]

先代:
工藤泰三
日本郵船社長
2015年-
次代:
現職