公海の世界遺産

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公海の世界遺産(こうかいのせかいいさん、: World Heritage in the High Seas)は、ユネスコ自然遺産の諮問機関である国際自然保護連合(IUCN)が、どこのにも属さない公海における社会的環境英語版公共財環境財としての自然環境生態系世界遺産として保護する方策を検討するため立ち上げたプログラムになる[1]

背景[編集]

2003年持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルクサミット)において2012年までに国際的な海洋保護区英語版のネットワーク構築が提唱され、2010年COP10(第10回生物多様性条約締約国会議)で採択された愛知ターゲットでは2020年までに地球上全海洋面積の10%を海洋保護区にすることを合意[2]国連持続可能な開発のための2030アジェンダによる持続可能な開発目標(SDGs)では、「持続可能な開発のために海洋資源を保全し、持続的に利用する」と定めた。

これをうけIUCNは「Global Marine and Polar Programme(世界海洋・極地プログラム)」を立案し、主催する世界自然保護会議で海洋保護区について検討を開始[3]国際連合環境計画(UNEP)によると海洋保護区は特定の国の領海排他的経済水域(EEZ)内と公海部を合わせ、2014年時点ではヨーロッパの面積に相当する3%までは達成したが[4]、その後は思うように進展していない現実がある。

ユネスコでは2009年に施行された世界海洋デーを前に、2008年から「World Heritage Marine Programme(世界遺産海洋プログラム)」を始動して「Marine World Heritage(海の世界遺産)」の登録を推進しており[5]、組織内に政府間海洋学委員会英語版を持つこともあり、MAB計画での生物圏保護区(日本語通称:エコパーク)による海洋保護区制定も含め多角的な検討に入ったが、制度的により厳正保護を求める世界遺産での運用が望ましいとの方向性となった。

また、生物多様性条約が制定され自国領海内の深海域における微生物など生物資源の確保は確約されたが、公海深海の権益は確立しておらず、そこへ到達することができる国だけが利益を享受できる格差が生じており(厳密には内陸国にはその機会さえない)、公平を期すための保護が求められ、公海の世界遺産が一役買う可能性を秘めている[6]

候補地[編集]

熱水ベント
サルガッソーの浮遊藻

ユネスコとIUCNでは5ヶ所の「公海の世界遺産」候補を示している[1]

南極[編集]

南極条約によりどこの国にも帰属しない南極大陸でも、南極の海洋生物資源の保存に関する委員会英語版(CCAMLR)[8]南極の湾などにおいて長らく海洋保護区制定を主張しており[9]ロス海の海洋保護区化が決まった[10]

このほか南極ではスカルブスネス英語版など海中の生態系を保護する体制づくりを研究者が求めており、公海の世界遺産化は有望視されている。

一方でオーストラリアは南極大陸の世界遺産化を独自に模索している[11]

その他の公海[編集]

国際科学会議(ICSU)の海洋研究科学委員会フランス語版(SCOR)が9°ノース英語版を候補地に推しているほか、前述の熱水噴出孔に対しての冷水湧出帯生物群集や、民間の海洋調査団体CEDAM Internationalが「世界七大水中景観英語版」の一つにエクアドル沖の熱水噴出孔を選ぶなど、深海を含む公海への関心が高まっている。

公海を通過する可能性[編集]

現在、アイルランド19世紀に敷設された大西洋横断電信ケーブルを暫定リストに掲載させるべく準備している[12]。 現状ではバレンシア島英語版にある陸上の施設や記念碑以外に、カナダニューファンドランド島側との共同推薦を目指し調整中だが[13]、海底ケーブルそのものを構成資産とした場合、大西洋海底という公海を通過することになる。

課題[編集]

  1. そもそも世界遺産はユネスコに加盟し世界遺産条約を締結している国家が(条約第31条「この条約はユネスコの加盟国により、それぞれの自国の憲法上の手続きに従って批准または受諾されなければならない」)、自国内で管理可能な(完全性がある)遺産候補を推薦することが前提であるが[14]、公海の遺産候補を誰が推薦するのか?世界遺産条約を改定する必要にも迫られる。2023年3月4日(現地時間)にニューヨーク国連本部で開催された国連海洋法条約政府間会合において、公海に生物保護区を設定する「BBNJ」(国家管轄権外区域海洋の生物多様性協定)を制定することが合意[15]。その後、80ヶ国が批准したことにより、効力が発生し法的保護が得られるようになったことをうけ、ユネスコは公海の世界遺産に関する研究を本格始動することとした[16]
  2. 世界遺産委員会での本審査前に、諮問機関による現地調査が行われるが、深海など調査員が簡単にはたどり着けない場所への視察方法とその費用負担先の問題。

脚注[編集]

  1. ^ a b World Heritage in the High Seas: An Idea Whose Time has Come UNESCO
  2. ^ 海の総面積約3億6100万㎢の10%はユーラシア大陸全体より広い
  3. ^ 第5回世界自然保護会議報告「さまざまな角度から海の保全が議論される」 日本自然保護協会
  4. ^ World nearing 3% of ocean protection IUCN
  5. ^ World Heritage Marine Programme UNESCO
  6. ^ 『生物遺伝資源のゆくえ-知的財産制度からみた生物多様性条約』森岡 一(三和書籍)
  7. ^ Indian Ocean's Atlantis Bank Yields Deep-Earth Insight ウッズホール海洋研究所(英語版)
  8. ^ 南極の海洋生物資源の保存に関する委員会 - 外務省
  9. ^ 南極保全 - 国際環境NGO FoE Japan
  10. ^ 南極のロス海、世界最大の海洋保護区に - BBC 2016年10月28日
  11. ^ Gaining World Heritage Recognition for Antarctica - BOB BROWN FOUNDATION(ボブ・ブラウン
  12. ^ How to make a world heritage site Raidió Teilifís Éireann 2018年6月25日
  13. ^ Valentia Island potential UNESCO World Heritage site thanks to role in world’s first transatlantic cable Irish Examiner 2020年4月22日
  14. ^ 世界遺産条約32条「この条約はユネスコの非加盟国で同機関の総会が招請するすべての国による加盟のために開放しておく」という項目を適用し、バチカン市国が唯一ユネスコ未加盟ながら条約を締約
  15. ^ 公海の生物多様性守る新条約、内容まとまる…保護区など設定可能に 読売新聞 2023年3月6日
  16. ^ With the “High Seas Treaty” on biodiversity signed, what do we need to do next? UNESCO 2023年10月27日

関連項目[編集]