仁尾町

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  1. 仁尾町(におちょう)は、香川県三豊市内の地名。→ 三豊市を参照。
  2. 仁尾町(におちょう)は、香川県三豊郡に属していた(前項の地名と同地域の)。本稿では、三豊市への合併時点(2006年1月1日)までの記事・データ表情報を記載中のため、現在の情報については前項に示した三豊市を参照。

仁尾町
廃止日 2006年1月1日
廃止理由 新設合併
仁尾町高瀬町豊中町山本町
財田町詫間町三野町三豊市
現在の自治体 三豊市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 香川県
三豊郡
団体コード 37427-0
面積 15.49km²
総人口 6,757
(2005年6月1日)
隣接自治体 観音寺市三豊郡詫間町三野町高瀬町豊中町
町の木 ツツジ
町の花 マツ
仁尾町役場
所在地 769-1406
香川県三豊郡仁尾町大字仁尾辛34番地2
外部リンク 仁尾町(Internet Archive)
座標 北緯34度11分48.83秒 東経133度38分43.55秒 / 北緯34.1968972度 東経133.6454306度 / 34.1968972; 133.6454306座標: 北緯34度11分48.83秒 東経133度38分43.55秒 / 北緯34.1968972度 東経133.6454306度 / 34.1968972; 133.6454306
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仁尾町(におちょう)は、香川県三豊郡に属していた。世界初の太陽熱発電の実験(サンシャイン計画)が行われた。サンシャイン計画を記念して、昭和56年3月21日より、仁尾太陽博覧会が開催された。サンシャイン計画では、2種類の形式の太陽熱発電施設が建設されたが、いずれもその後廃棄され現存しない。またかつて仁尾サンシャインランド(遊園地)が開設されていた。ミカンビワなど農業が盛んである。

2006年平成18年)1月1日に周辺の6町と合併し、三豊市なった。

地理[編集]

香川県の西部に位置し、燧灘に面している。気候は瀬戸内海式気候で温暖である。西日本最大級のマリーナを有している。 仁尾港の沖合いに蔦島、小蔦島が浮かんでいる。

歴史[編集]

経済[編集]

農業
『大日本篤農家名鑑』によれば仁尾村の篤農家は、「塩田保治郎、曽根仙太郎、安藤岩吉、真鍋友吉、中井音吉、浅野道正、藤木正巳、真鍋常吉」などである[1]
工業
1981年 太陽熱発電の試験運転及び太陽博覧会が開催され一大太陽光ブームが起きたが、実用化にはいたらなかった。

姉妹都市[編集]

教育[編集]

学校教育[編集]

保育所[編集]

  • 仁尾保育所

幼稚園[編集]

  • 平石幼稚園

小学校[編集]

  • 市立仁尾小学校
  • 市立曽保小学校

中学校[編集]

  • 市立仁尾中学校

社会教育[編集]

図書館[編集]

  • 市立仁尾図書館

交通[編集]

路線バス[編集]

渡船[編集]

観光[編集]

出身人物[編集]

政治・経済・行政・法律[編集]

1872年3月生まれ[3]。農業を営み、南海舎密工業社長、仁尾塩田専務取締役、讃岐米肥料取締役等をつとめた[3]。妻マサは香川県多額納税者で農業を営む鳥取治郎八の長女[3]。鳥取治郎八の曽孫は高円宮憲仁親王久子である。

文化[編集]

1851年正月生まれ[4]。通称は又兵衛[4]。画を大西雪渓に学んだ[4]

脚注[編集]

  1. ^ 『大日本篤農家名鑑』香川県三豊郡93頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月1日閲覧。
  2. ^ 『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』10頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月4日閲覧。
  3. ^ a b c d 『人事興信録 第11版 下』ナ240頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月2日閲覧。
  4. ^ a b c d 『讃岐人名辞書』シ之部841頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月1日閲覧。

参考文献[編集]

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』時事新報社、1916年。
  • 梶原竹軒 監修『讃岐人名辞書』高松製版印刷所、1933年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版 下』人事興信所、1937年。

関連項目[編集]