下地敏彦

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下地 敏彦
しもじ としひこ
生年月日 (1945-12-10) 1945年12月10日(73歳)
出生地 日本の旗 沖縄県宮古郡平良町(現宮古島市平良)
出身校 琉球大学理工学部
前職 城辺町助役
沖縄県漁業協同組合連合会会長
現職 沖縄県宮古島市長
所属政党 無所属

当選回数 3回
在任期間 2009年1月25日 - 現職
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下地 敏彦(しもじ としひこ、1945年12月10日 -)は、日本政治家沖縄県宮古島市長(3期)。

人物・来歴[編集]

沖縄県宮古郡平良町(現宮古島市平良)生まれ。沖縄県立宮古高等学校琉球大学理工学部生物学科卒業[1]

沖縄県宮古支庁長や旧城辺町助役を経て[1]2002年平良市長選挙に出馬するも、現職の伊志嶺亮に敗れ、落選した。2005年11月、市町村合併に伴い誕生した宮古島市の市長選に出馬したが、再び伊志嶺に413票差で敗れる[2]2006年6月より沖縄県漁業協同組合連合会会長を務めた。また、県内8市の保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」の会長を務めている。

2009年、市職員による不祥事[3]の責任を取る形で伊志嶺市長が辞職したのに伴い、市長選に自由民主党公明党の推薦を受けて無所属で出馬した。その結果、総勢6人が立候補した混戦を制し、宮古島市長に初当選した[4][5]

2013年の市長選では、下地以外に立候補の届け出をした者がおらず、無投票で再選[6]。この市長選に際しては、市内での天然ガス開発の推進や、市総合庁舎・図書館・公民館の新設を公約に掲げていた[7]

宮古島への陸上自衛隊配備の賛否が主な争点となった2017年の市長選では、配備容認派として、分裂し2人が立候補した反対派や住民投票実施派を下し、3選を果たした[8]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

先代:
伊志嶺亮
Flag of Miyakojima, Okinawa.svg 沖縄県宮古島市長
第2代:2009年 -
次代:
(現職)